漆黒の男
親友の婚約者を探しに来て、村の外れにある農家に引き留められている自分の境遇を、実はル―カスは面倒どころか喜んでいた。
美しいと聞いていたウィステリアの娘は確かに美しかったが、少々熟しすぎている上に俗世じみ過ぎていて、父親はかくも自分の娘を天使と見誤れるのかと、彼はウィステリアを買っていただけに失望に落ち込んでいたのである。
王都の宮廷の貴族達は傭兵でしかないル―カスにはあからさまな侮蔑を見せ、寄ってくるのは金の臭いを嗅ぎたい間抜けばかりであったのだ。
その中で唯一に近いだろう、博識で人情味があるウィステリアが、毎日の神への務めと同じぐらいに娘を「天使」だと必ず口にしていれば、そんな天使に会って癒されたいと思うのは仕方が無いというものだ。
親友の婚約者予定だとしても、だ。
彼は暫定婚約者の危機を知るや旅支度をしはじめた親友を押しとどめ、婚約者でもない自分が親友の代わりに親友の婚約者を救いに宮廷を飛び出したのだ。
自分のその行動はそういった心の経緯があったからだと、彼は無理矢理に推測して自分に言い聞かせた。
ル―カスがしばらく遠ざかりたい彼の親友とは、このイングスフェール王立国の歴史ある貴族の一員であったイーオイン・アシエのことだ。
ル―カスと同じぐらいの大柄な体を持ち、ルーカスの隊で傭兵として名をあげたミカ男爵は、子供同然のフクロウが逃げ出したと、アシエ(鋼鉄)の名が泣くほどに打ちひしがれ、男爵名のミカ(雲母)同然にペラペラだと、今やルーカスに嘆き呆れかえられている有様なのである。
しかし、戦地においては助け助けられた親友に対して煩いと感じる人でなしな自分を認めたくないからか、ル―カスは傭兵上がりの自分が傭兵でしかないと、自分は宮廷の外に出たかっただけなのだと、戦場の跡地のような現場に立っている自分を誤魔化しているのだ。
否、母屋の一角が燃えた、豪農の館、だ。
「あの、騎士様。」
「あぁ、済まない。」
彼は彼の肩下くらいの身長の館の主人に微笑むと、軽く頭を振り、少々長めの焦げ茶色の髪を両手で後ろの方へと梳いた。
癖の強い髪は短くすると頭の上で干からびたミミズみたいに捩じれるので、彼は髪を切りたくとも切れず、長めの髪を後ろの方へ流す癖がついている。
そういう事にしている。
髪が煩くとも結ぶのは彼にとって禁忌である点で、彼が髪を長くして顔にかけているのは、自分の顔という自分に不幸を呼ぶものを隠したいという意思もあるからである。
自分に降りかかるあらゆる煩わしさに対して思わずした舌打ちに、隣の男がびくりと動いたのがわかり、少々気がほぐれた彼は再び惨劇の現場を見返した。
「あそこであなたの息子が殺されたと?」
痩せぎすで目だけ鋭い農民に見えない主人は大きく首を縦に振り、だがすぐに頭を抱えてしゃがみ込んだ。
主人の細い顔の左半分は真紫色に変わりかけており、輪郭も腫れて歪んでいる。
頭を思わず振った事で彼は酷い痛みと眩暈を感じたのだろうと、ルーカスは自分の経験から結論付けたが、同情心はピクリとも動かなかった。
「息子は足を切られて、かがんだところで首を切られたのです。」
母屋の主人の部屋の前には確かに血の池が大きく広がっていたが、息子の死体は既に片付けられていたのか跡形もない。
だが、主人の息子の遺体を見てはいなくとも、下男二人の死なないだろうが生きないだろうという大怪我の状態をルーカスは目にしていたため、主人の説明はすんなりと受け入れられた。
「すごいな。男三人に対して、いや、あなたも殴られたから、男四人か。それがたった二人の若い女の仕業だと?」
「そうです。春をひさぎに来たと現れた売女が、居直り強盗です。男達を一人ずつ誘っては暴力に及んで、そして、この状態です。」




