最終章
エメリアはシュエット達を手駒にしていた間者の娘であったということだ。
ただし、本当の娘ではなく、奴隷市場で購入された子供の片割れという身の上である。
彼女は農場にあった腐りかけていた生首をイーオインから見せつけられて、そこでようやく観念したのか全てを語り始めたのだ。
美しい顔をした兄エラリーは大陸の侯爵という設定で貴婦人を誘惑して金と情報を引きださせ、美しい妹の方はアダムを操るための駒であったと。
ルーカスはエメリアを処刑せずに大陸への船に乗せた。
エンバーンもミリアもルーカスに抗議をするとイーオインは思ったが、彼女達は頭を上下させてルーカスの判断を受け入れるだけだった。
「どうして。」
「奴隷として売買された人間は、与えられた役割を生きるしか無いんだよって教えたら、良い子のあの子達はいいよって。後ろ盾も、美貌も失ったエメリアは、本当は死なせた方がこれからの人生は楽かもしれないけどね。」
ルーカスの判断に、イーオインも頷いて認めるしかなかった。
「ルーカスは凄いよ。いつまでも俺の隊長だ。俺が説得できなかったシュエット達を、君はたった一言で俺に恭順させたのだものね。俺が命令するまで控えておけって、俺は最初からそう言えば良かったのね。もう、自分の無能ぶりにがっかりだよ。」
イーオインの自嘲に、ルーカスはしばし沈黙した後、イーオインが彼の隊に入ったばかりの隊長の声で答えた。
彼が傭兵だったと思い出させる冷徹な声だ。
「殺しに目覚めた実働部隊を潰す必要もあったから良いんだよ。」
「――ありがとう。少し救われたよ。」
イーオインが言葉をかけてもルーカスがイーオインに振り向かないのは、彼等がエドワードの書斎からシュエットの嘆きの回廊に入っていたからである。
召使達の知らない狭い隠し通路には歴代の男爵達の嘆きが書き連ねられ、暗く狭いだけでなく心理的に圧迫感さえもイーオインに与える程だが、ルーカスは全ての男爵の叫びを全部受け入れるかのように静かに読み漁っている。
「気に入ったのか。」
「まあね。見事な仕掛だ。暗殺者はこれを読んで、男爵様に情を移すんじゃあないだろうかね。俺の仕えている主人は俺を物として見ていないが、ここの男爵様はこんなにも駒を人として大事にしている。この方に仕えてみたいってね。」
イーオインは周囲を見直して、そして、ルーカスが言うとおりだと認めるしかなかった。
「俺は、シュエットに騙された?そういう目で見たことは無かったよ。」
「お前の知っているジョンとエドワードに関しては本当の悩みだね。よく読んでごらんよ、サインも筆跡も違っても、文体も文字の癖も全部一緒だ。何代か前の男爵は、暗殺にかなり脅えていたんだろうね。そこで外へと通じる隠し通路を秘密裡に作り、こうして呪詛迄書きこんだ。はは。お前はシュエットが似合っているよ。しつこくて、陰険。」
イーオインがこの通路にルーカスを誘ったのは、自分の見識の浅さをルーカスに再び教え込まれるためではなく、エンバーンへの気持ちを相談するためである。
けれども、こうしてシュエットの秘密通路の真実を簡単に暴くルーカスに、彼は相談のその字も言えなくなり、不機嫌に口を閉じているしかなくなった。
「イーオイン。俺はね、お前にいいよって言ってやることが出来なくなった。俺は妻を一番に考えてやらないとってね。だからさ、可哀想なお前はここに可哀想な悩みを書き込んでおきな。愛している少女に愛されるにはどうしたらいいんだろうって。白い結婚のままいつまで縛っていられるんだろうって。父親と兄を偲ぶために日参しているエンバーンに見てもらえるようにね。」
「はは。ルーカス。俺はやっぱり首から看板を下げるしかないよ。はい、俺にはルーカス様が付いていますってね。」
「どあほう。」
ルーカスは笑いながらイーオンを残して通路を出て行き、一人残されたイーオインは、ルーカスの言うとおりに壁に文字を書きこもうとして、手を止めた。
「はは。ルーカス様め。」
壁には歴代の男爵が悩みを書いてあるはずなのだ。
新たな男爵はエンバーン。
彼女の書き込んでいた悩みの横に彼は自分の気持ちを書き込むと、その気持ちを言葉にしてエンバーンに差し出すために、暗い通路から明るい外へと飛び出した。




