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昨夜の回想

 まず、小間使い二人と私が乗っていた馬車の車軸が折れた。

 すると、当たり前の事だが、先頭の馬に乗っていた従者トマスとミリアがすぐさま馬から降りて荷馬車の方へと向かってきた。


 混乱は、そこからすぐ、だ。


 トマスの方の馬の鞍にはミリアの祖母の形見の宝石と旅費を入れた金庫、そして、ミリアの方の馬の鞍には、ミリアの大事なドレスに、彼女を王都に呼び寄せた父親の手紙と通行証と身分証明書が入った鞄という貴重品がそれぞれ括りつけられていたのである。

 だが、ミリアの乗っていた馬に乗ったままのヘイリーが、なんと馬と一緒に逃げ去ったのだ。


 次に周囲からざわざわとした多数の足音が近づいてくる音に気が付いたところで、トマスが荷馬車の小間使いを助ける事も忘れて一人自分の馬に駆け戻ると、そのままヘイリーの様に一目散に逃げ去ったのである。

 後に残ったのは、一頭しかいない荷馬車の引馬に対してミリアと私、それから小間使い二人という四人の女性だった。


 しかし、私が頭を悩ます必要は無かった。


「さぁ、乗って!ヘイリーの馬を追いなさい。出来るでしょう。」


 目の前の出来事に、私が呆気にとられたのは言うまでも無いだろう。

 ミリアは荷馬車から外した馬に召使を乗せ上げると、彼女達を逃がしてしまったのである。

 それも、信用できないモーガン未亡人を追えと言って。


「どうして、ヘイリー。」


「あの子達はヘイリーの小間使いになりたがっていたじゃない。手癖も悪いから王都に置いて来ようと思っていたから丁度いいかなって。」


「あぁ、それはいい案、じゃないですよ。ちょっと、どうしてあなたがいの一番に逃げないのです。」


「私は主人だもの。責任があります。」


「わかりました。では走ります。止まったら駄目ですよ。止まったらお終いです。」


 私はミリアの手をつかむと、馬の走り去った王都の方向の北北西ではなく、北東方向へと走り出した。


「え、どうしてそっちなの?」


「夜盗は馬を追うでしょう。このざわめきには馬の蹄の音もあります。彼等が囮になるのならば、私達は逃げられます。」


「え、ちょっと!私は皆を逃がすつもりで!」


「そうですね。でも、主人の囮になるのは召使の本望ですから大丈夫です。」


 そうして私達二人は駆け続け、息が切れた頃合いに大きな農家の明りを見つけたのである。

 敷地の周囲にこそ囲いはないが、大きな納屋と宿屋のような建物と母屋が連なった建物がコの字型に並ぶという、要塞にもなりそうな歪な建て増しをされた豪農の館であった。


 そこまで思い出して、私は昨夜の馬車の酔いが再びぶり返したように、胃がしくしくむかむかし始めた。


 農場は盗賊の巣そのものでしかなかったのに、守るはずのこの自分が大事なミリアをそこに連れ込んでしまったのである。


 盗賊の手下達の殆どが獲物であった彼女達を探して不在だったために彼女達は難を逃れることができたに過ぎず、私自身は無力でしかなかったと言うしかない。


 事態の急変に完全に浮足立ち、その失態のせいで大事な彼女をこんな姿にしてしまったのだ。

 私は女主人の今の出で立ちを直視できずに、再び頭を下げるしかなかった。


 慮外者の返り血が、切り殺した当の本人にではなく、彼女が守るべきミリアに降りかかったとは、なんたる悪夢であろうか、と。


 だが、思考が止まってしまって硬直してしまった私とは違い、ミリアは怒るどころか喜んでオーシャンブルーのチュニックを脱ぎ捨てたのだ。

 そして盗品を着込んでの今の姿であるが、悪趣味で男物という難点を持ちながらも、生地が白地だからこそミリアが来ていたオーシャンブルーの服よりもミリアに映えている、と認めざるを得ないのである。


 まるで、それが私の成す事全てが失敗に終わって良かったというような皮肉な結果そのものにも見え、私の下げている頭は、さらに下へと下がっていった。

 せめて、ミリアのとっておきが盗まれずに済んだのならば、と。


「あぁ、あのとっておきさえあれば。」


 げえ。


 私は再びの音に下げていた頭をあげ、視界の中に美しさを探しようのない程に顔を歪めたミリアと目が合った。


「それ、やっぱりあなたが出した声だったのですね。」

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