三か月前と六年前
三か月前に私の仮初の人生も一変した。
私は義理の父となるアダム・ローエンに見つかり、命が惜しければ彼の妻になることを強要されたのである。
嫌々ながら父と呼んでいた事もある、頭も薄くなりかけて腹の弛んだ中年の男などと結婚するぐらいならば、私は潔く死んだ方がマシである。
しかし、その申し出を受けたのは、私を修道院に匿っていた院長に命じられたからでもある。
「受けろって、どうしてですか?」
院長室に私を呼び出したガルディス修道院長は、なぜでもと余裕の微笑みを私に見せて軽く答えた。
老女でありながら艶やかなオリーブ色の肌に真っ黒い瞳と髪を持つ地中海出身のガルディス院長は、散々遊んだ末に信仰に目覚めたと公言する破壊的な美女でもある。
「あなただって、生き返りたいのでしょう。」
「このままでいいです。」
「あら、あなたは私が教え込んだ生徒でしょう。これからは自分で考えなさい。あなたがどう生きたいのか、どうするべきか。私はカドラヘレへの片道についてはあなたの安全を保障しました。その後は、あなたが自分で切り開きなさい。これは、餞別であり、あなたに返すあなた自身です。」
彼女は私にイーオインの剣を手渡した。
柄にはフクロウの意匠が刻まれている、銀色の細身の長剣。
私が六年前に落としたものだった。
「彼は生きているわ。今度こそ、強く、何者も守れるくらい。それはあなたを証明する大事な剣。一人でこの領地を抜けることは無理でも、領主であるローエンと一緒ならばあなたは自由になれる。」
「ごめんなさい、院長様。私は自由になんてなれませんでした。」
王が指名した領主を殺したのであれば、私は大罪人なのである。
私は涙を流しながら、あの頃に戻りたいとそれだけだった。
三か月前でもない。
修道院での暮らしでも、幸せだった家族との暮らしでもない。
雪もない、だが、緑もない黒々とした冬の到来間近の森の中、イーオインに手を引かれて、出来る限りの気力を奮い立たせて走っていたあの日、だ。
明かりも無い暗い道での確かなものは私の手を握る彼の温かい手だけであり、彼の進む方向だけが私の確かな人生の方角であると幼いながらも確信していた。
だから、全く怖いとは思わなかった。
喉は火を吐き出しそうな程熱いのに吐く息は白く、口の中は汗が流れ込み、湿って塩辛いのに乾いてカラカラだ。
「もう少し、頑張って、僕のフクロウ。あと少しで熊の穴がある。」
「クマのあな?食べられちゃわない?」
「ははは。そいつの皮は大広間にあるじゃないか。大丈夫。エドワードと一緒に狩った初めての大物だ。彼の住居は俺達の戦利品だ。」
「兎を射って可哀想だと泣いていたあなたが。」
彼はピタリと立ち止まり、怒らせたのかもと脅えたその時、振り返った彼はとてもうれしそうな笑顔で微笑んでいた。
「僕を思い出したんだね。」
「忘れた事などなかったわよ。」
あの日の彼の笑顔を脳裏に焼き付けられるようにと、ぎゅうっと瞼を閉じた。
剣の固い感触は私の大事な拠り所が、これからも揺るがないという印のように感じられた。
剣の意匠の銀のフクロウ。
イングスフェールの三代目の王となったウィリアム一世に、「賢く勇敢な私のフクロウ」だと、ヒューと言う名の若者は剣と領地を授けられ、シュエット(フクロウ)の始祖となった。
だからこそシュエット家は、家名も男爵名もシュエットなのだ。
イーオインが私に渡した剣は、エドワードの形見であり、王から授かったというシュエット家の家宝なのである。




