おばあちゃん、眠い
村長が手引する一行に、村人達が目を向ける。
作業を止め振り返る男、レードルを手に家屋から顔を覗かせる女、走って見に来る子供も居た。
鎧を着た兵士達に於いては時折村を訪れるので知ってはいるが、彼等の中心を歩く若者と腰の曲がった小柄な老婆は何者だろうか。
村長は嬉々として案内を務めているが、浮かれている様でもある。顕著に敬慕を寄せたり遜ったりする様子は、領主貴族が来た時ですら見れない物なので、村人の口々には好奇と懐疑とがあった。
人口は百人余りだが、今月は播種も終わりその半数程が他の農村や町に出稼いでいる。
麦や豆を栽培し牧畜は少々、森で果物や木の実が採れるので他の小村より豊からしい。
定期的に行商や鍛冶職人が訪れ生活品を補い、それが娯楽の一つでもあると言う。
村長の説明は長くやたらと話が飛ぶのだが、この世界を知らないヨヒシコにとっては却って有り難かった。情報の端々を繋いでいくと、大凡の暮らしの水準が浮かんでくる。
「そしてこちらこそが、この村の学塾で御座います」
村の中央まで来ると土地が開けており、村長は一際高い建物に得意気に両手を開く。薄い眉を上げ額に皺が寄ると大きい目が引っ張られ黒目が浮き出した。
「村の学舎であり会議や公判等もここで行っており」
と、身振りを加えて解説が続く。
殆どの家屋は土壁と藁葺き屋根の倹しい平屋だが、この学塾だけは背丈程まで積まれた石に白壁が乗っており、屋根は薄い青煉瓦を敷き詰めており西日に鈍く光る。
やや風景にそぐわない異質感はあるが、それだけ学問の場を大切にしているという事だろうか。
「となれば是非とも、先生方にはここで教鞭を取って頂きたく」
ごほん、とハマーの空咳が跳ねる。
「もう日が暮れますぞ。お二人を屋敷に招いてはどうか」
おばあちゃんは垂れた瞼をしぱしぱさせている。
「あたしはもう眠い」
ややっ、と村長が目を開き慌てる。
「この村で一番の寝床へ参りましょう、こちらへ」
茶色く無造作に逆立った髪を振り、足早に行く長身は先走った事に気付くと忙しなく再び戻って足並みを揃えた。
着いたのは他の家屋よりも一回り広い村長の家だった。
それではこれにて、とハマーが胸に手を遣る。
「村外れに森番の常駐する小屋があります。我々はそこで寝泊まりしますので」
三名の兵士と同時にお辞儀をすると、馬を引いて仄日に影を落とした。
扉が開くと、出迎えたのは十代半ばの少女だった。
「何かあったの?」
好奇に満ちて飛び出した笑顔は直ぐにヨヒシコとおばあちゃんに気付くと、熟々二人を眺めた。
「おばあちゃんと貴方、誰?」
口をぱくぱくさせた村長が痩せた頬に力を溜めて叱る。
「このお二人を何方と心得る!」
はいはい、と少女は生返事をしながら大きな目を閉じた。
「お客さんでしょ、行商さんかしら」
生成りのエプロンと赤毛の髪がふわりと揺れる。
「可愛い娘ねえ、ヨヒシコの同級生ね」
「同級生じゃないよ、おばあちゃん」
雀斑をくしゃっと嬉しそうにすると、後ろで束ねた髪を跳ねさせて家の奥に招いた。
「いらっしゃい、行商さん」
「申し訳、ございません、うちの、馬鹿娘が」
痩せた頬に滝のように涙を流し、村長は泣き崩れた。
暫く泣きじゃくる村長が布切れを出し鼻をかんだ瞬間だった。
突然、おばあちゃんはしゃがみ込んだ。
「家に上がるときは靴を脱がないとねえ」