おばあちゃん、光る
「あんたはどうするの?」
アイネが腕を組んで入り口に立っていた。
「おばあちゃんを行かせるの?」
冴えない頭を大欠伸で起こす。
「馬車で運ばれて、偉い人に扱き使われるかも知れない」
おばあちゃんはもう朝餉だろうか。
「梅干しだって、まだ教えて貰ってないよ」
アイネの瞳から涙が溢れた。
村長の家の前には、一同が集まっていた。
おばあちゃんの物憂げな表情に誰からもの声を止めさせている。
少し離れたところに、ヨヒシコは荷車を動かし黒く塗った箱を丁寧に置いた。
誰もが何だろうかと首を前に出す。動かないで、との言葉に顔を強張らせている。
「おばあちゃん、大丈夫だよ」
「ヨヒシコがそう言うんだから、大丈夫だねえ」
おばあちゃんがにこりと笑った。
「アイネ、どっちがおばあちゃんか分からないよ」
「それは光栄ね。この格好、もう村の正装だもの」
アイネは雀斑をくしゃっと歪めて笑みを零した。
「村長、顔が険しくなってますよ」
「やや、しかしそれは一体何を」
村長は大きい目を開いてこちらを見詰める。
「ハマー兵士長も笑って」
「うむ、笑えと言われても」
ハマーは大きな体を微動だにさせない。
「ガミルズさん、襟が曲がってます」
「むっ、これはいかん」
ガミルズはローブの襟を伸ばす。
「兵士さん達も、鍛えた体を見せて下さい」
三名の兵士は照れながら一歩前に出る。
「ねえ、何してるの?」
アイネの問いかけに人差し指を口に当て、革の切れ端を外した。
ヨヒシコは走り、並んだ一同に加わる。
朝の陽光が風に乗る。黙っていると川面のせせらぐ音が聴こえる。
土の匂いと、香辛料の匂いと、おばあちゃんの線香の匂いが混じる。
指はかさついていて、硬いパンと浸した煮物を思い出す。
もう良いだろうか。
ヨヒシコは再び箱に走ると、穴を閉じて家の中へと抱えて行った。
「ちょっと、もう動いて良いの?」
「一体何だったんでしょうか」
床の藁束を捲り、木の板を外す。
階段を下ると中から入り口を閉めた。
真っ暗な闇。
手探りで棚をなぞる。
大きな木の皿が並ぶ。
左端の皿は、世界を見る木という紙を浸していた物だ。中には川辺で出くわしたゼラチナの液体が入っている。ハマーが銀の剣を突き刺した核の部分だ。
床に黒い箱を置き、蓋を開ける。底に据えられたその紙を取り出す。
中央の皿は諭吉先生の遺した小瓶の中身と、行商からアイネが買った保存薬と磨き粉、それに村長が買わされた薬とを混ぜている。黒い箱から出した紙をゆっくり沈ませる。
盛り付けに事欠かない大きさの木皿は、紙がすっぽりと収まる。
そして右端の皿に移す。おばあちゃんの漬けた梅酢と蜜柑酢を薄めている。
紙を揺すっていると、ヨヒシコを呼ぶ声がした。
ハマー達が胸に手を当て出迎える。アイネは腕を抱えて不機嫌な顔だった。そしておばあちゃんはただ後ろ手に背中を丸めて立っていた。
イヴシュ王国の紋章、蘭の花をあしらった箱馬車が到着する。
四頭の馬が止まり、扉から王子が姿を現す。降りる際に足が上がらず縁に躓いたが、兵士が支えて事なきを得た。その兵士の手を払うとこちらに歩き、咳払いをする。
「大賢者様、お久しゅうございます!」
頬の肉を揺らし、これ見よがしに麗句を述べる。所々でつっかえるが懸命なのは伝わる。大仰な身振りを加えるが、要するに何なのか、と問いたくなる台詞が続く。
「おい、僕は謝ったよな」
口を窄めて近くの兵士に確認する。
無言の敬礼に、うんうんと一人で頷くと馬車の入り口に足を掛ける。二回目で届いて勿体ぶった姿勢でこちらを見た。
「さあ、王都へ参りましょう」
アイネの一歩を村長が肩に手を遣り止める。
ヨヒシコが声を発しようと息を吸い込むと、おばあちゃんが歩を進めた。
「あたしは、足が痛いので動けません」
王子は微笑みを作ってみせる。
「この最高級の馬車は揺れが少なく座席も貴重な毛皮を使い」
また装飾も、と続けるがおばあちゃんの声が止める。
「あたしは、リウマチでねえ」
何だそれは、と王子は煩わしさを面に出す。
「ここの村長さんの治療が良く効いてねえ」
「医者でも白魔術師でも、王都に居るだろう」
「娘さんの料理も美味しくてねえ。ここを離れたくないんだよ」
王子は小鼻を膨らませる。
「何を馬鹿な事を。王宮の暮らしだぞ。何の不満があると言うんだ」
おばあちゃんの足元が光る。
「お迎えが来たかねえ」
ヨヒシコは手を伸ばす。
目の前の、おばあちゃんの手を握る。
白と黒の霧に包まれ、おばあちゃんの笑顔が瞼の裏に焼き付いた。
「説明しろ、何が起きているんだ!」
「大賢者様!」
「おばあちゃん!」
嵐のようだった。
静かになって瞼を開ける。
おばあちゃんがベッドに寝ている。
そこは病室だった。
吸い込んだ空気が無機質なものだった。あの土の匂いは何処へ行ったのか。
おばあちゃんはゆっくりと垂れた目を開けた。
「目が覚めたらヨヒシコがいる。夢みたいじゃ」
「夢みたいだったね。おばあちゃん」
「お茶が飲みたいねえ」
おばあちゃんの膝元には、一枚の紙があった。
紙粘土を薄く延ばした様な紙には、ヨヒシコの姿が写されている。
隣に大きな瞳の少女が笑っている。
その後ろに不思議そうに目を丸くする男、大柄で厳めしい顔付きの男、ローブを纏い襟を伸ばしている男、鎧を着た兵士が三人並んでいる。
そしてその真ん中に皆に囲まれて、おばあちゃんが優しく微笑んでいた。
全員、ズボンを高く上げ上着の裾を中に入れていた。
お目通しありがとうございました。
つたない文章ですが御礼を申し上げます。
小説を書く初めての経験というのもあり、未熟さを痛感しながらの投稿でした。
今後はより一層の精進を努めて参ります。




