5章33話『寿命13分』
インフィニティ・ダイス。直訳すると無限のサイコロ。
ギャンブルなのだからサイコロを使う事自体は不自然ではない。しかし、問題はその前の単語のインフィニティだ。
このインフィニティという言葉にはどんな意味が込められているのか、その解説がルシウスから入った。
「このゲームはラウンド制、第1ラウンドはダイスが1つ、第2ラウンドは2つ、とラウンドが進むごとにサイコロの数は増えていきます。挑戦者は各ラウンド毎に全てのサイコロの目の合計を言い当てられたら勝利。賭け金はサイコロ1つにつき2倍、倍率は乗算……例えば第1、第2ラウンドを突破すれば2×4で8倍になります。しかし……」
ルシウスは不気味に笑った。
「もしサイコロの目の合計が少しでも違えば…………」
「挑戦者は生涯を終える…………」
シュルバの解答に、ルシウスは頷いた。
「もちろん、ギャンブルを降りることも可能です。その対価もありません」
このルシウスの発言は挑発でも何でもないただの催促だ。彼は本当に辞退への対価を徴収するつもりはないし、むしろ彼は命が惜しいなら逃げるべきだという信念の下ここまでやってきた。
しかし、悲しいことにその信念は彼女には伝わらなかったようだ。
「そんなことしませんよ、早く勝負を始めましょう」
シュルバは飽きたかのように気だるけにそう言った。
「ほぅ、ずいぶんあっさり決めるんですね」
「正直、ルールなんてどうでもいいわ。たとえどんなルールであろうと、私が勝つことは決まっているもの」
シュルバは終始面倒そうだった。圧倒的な自信から来る圧倒的な面倒くささ。一見矛盾している2つは今綺麗に彼女の中で共存している。
ルシウスはそれに拍手を送った。
「なるほど、面白い。そんなあなたの顔が焦りと絶望に染まるのを想像するとたまりませんな」
ルシウスが何気なく言ったこの一言。これがシュルバの耳に入った瞬間、彼女の脳は180度回転した。
「今…………なんて言った?」
「あぁ、すみません。気に触ったなら謝ります」
「私の質問に答えな。今、私の顔が絶望に染まるって言ったよね?」
「まぁ、言いましたな」
シュルバは口から垂れる唾液を振り払うように拭った。
「最高よ!アンタ、最高じゃない!!」
そう叫ぶシュルバから、気だるさは感じられなかった。目の奥に無限回廊を持ついつものシュルバだ。
「私を絶望させるだなんて…………やれるもんならやってみなさい!私を楽しませてみなさい!私を…………絶望させてみなさぁぁぁい!」
シュルバはグロテスクに舌を垂らしながら目を大きく見開き、体を震わせる。まるで魔女のように邪悪な高笑いを響かせながら。
「で……では、ゲームを始めましょうか」
ルシウスは激しく動揺しながらも、懐から1つのサイコロを取り出す。
「これが今回使用するサイコロ。正真正銘、種も仕掛けもないただのサイコロです」
霧島はサイコロを凝視する。
「シュルバさん?」
「うん、これは間違いなくただのサイコロだね」
シュルバは依然、楽しみで仕方がないといった表情を浮かべたままだった。
「そしてこれが…………」
ルシウスは懐から別のものを取り出した。今度は注射器だ。中には何色とも言い難いゼリー状の液体がどういうわけか自ら動いている。
「敗者の命を奪う微生物です」
霧島は背筋を逆撫でさせるような感触に襲われた。
「この微生物が体内に入ると、血液を伝って全身に回り内側から肉を食べていきます。その際に排出されるのは人にとってはかなり有毒な成分…………未だに化学式は解明されていませんがね」
そんなおぞましい説明も、霧島の耳には入ってこなかった。自分が挑戦者なわけでもないのに足がガクガクと震え、冷たい汗が流れた。
「シュルバさん、微生物ってことは…………」
「転生機についてくる…………そして転生先の体でまたこれが私の体を喰って、毒が出て、私は死ぬ…………そしてまた転生機で蘇る。つまりこれを注射されたら、私は無限に死ぬ」
「そんな…………今すぐ辞退しましょう!こればかりは本当に危険です!」
霧島はシュルバの腕を掴んでその場から逃げようとした。
その時だった。
「いいねぇ……………………いいねぇこの絶望感!最ッ高!」
「シュ……シュルバさん…………」
霧島は必死に目の前の状況を整理した。現実を捉えて、憶測を練って、その先に生まれた結論は…………
辞退すべきではない。
決め手となったのは、シュルバの腕輪がアルトやヒロキの時のように解放されている光景だった。
「自らが置いたチップを自ら引き下げる…………ペルセウスの総司令として恥じるべき行為でしたね」
まず最初に霧島は謝った。
そして次に、霧島は改めて言った。
「私は最後まであなたに賭けます。だから、私を勝たせてください」
「もちろん♪」
「では、ゲームを始めましょう。ではまず第1ラウンド…………」
シュルバは手を突き出した。
「待ちな」
「どうなさいました?」
「私ね、面倒くさいの嫌いなの。ガチャ引きたいなら無料石貯めないで課金するし、スキルつけたいなら防具作んないで護石掘りにいく。つまり何が言いたいかというとね…………」
シュルバはテーブルをダンッと叩いた。
「ちまちま1ラウンド毎に進めるのなんて面倒くさい。最終ラウンドまで飛ばせ」
「なっ…………」
今までなんとか余裕そうに振る舞ってきたルシウスも、さすがにこれには動揺を隠せなかった。
「よろしいのですか?最終ラウンドはサイコロ58個、合計値を当てられる確率は0.003%…………もしハズレれば微生物を注射されます。それでもあなたは――――」
「いいから早くサイコロを出せ」
「…………後で泣きわめいても、注射は受けてもらいますからね」
ルシウスはテーブルの下から大量のサイコロを取り出した。サイコロといえど58個、テーブルに乗せるまで時間がかかる。シュルバは手に握った懐中時計をチラリと見た。
「あと11分2秒…………間に合うよね、さすがに」
ボソッと呟いた小さな声はシュルバ以外の誰にも聞こえない声だった。
「ではシュルバさん、合計値を宣言してください」
「…………もう一度言うけど、私は面倒事が嫌いなの」
次の瞬間、シュルバは衝撃的な事を言った。
「合計値は232。そして、出る目は全て4だ」
ルシウスはそれを聞いて、驚きではなく馬鹿馬鹿しさを憶えた。
「全く…………いつまでカッコつければ気が済むのか」
ルシウスはそう言ってサイコロを手に掴み全て投げる。ガラガラと音を立てて転がるサイコロはとても非現実的な結果を生み出した。
「おかしい…………いくらなんでもおかしい!」
サイコロは全て4の目を示していた。
「ふ、不正だ!でなければこんなこと……」
「今から3秒後、あなたの真後ろの壁が崩れ、その破片がこのテーブルに当たってサイコロが3つ割れる」
何を言っているんだ。ルシウスがそう言いかけた頃には彼の背後から轟音が響いた。
少しだけ崩れた壁の破片がまるで計算されたように床にバウンドしてテーブルに乗り、砂ぼこりを上げた。
「ま……さか……」
恐る恐る破片をどけてみると、下にあったサイコロ3つが真っ二つに割れていた。
「そんな…………ありえない、ありえないありえないありえない!!!」
シュルバは怯えたように首を振るルシウスを前に、言葉に言い表せないほど狂気的な笑みを浮かべていた。
「シュルバさん……あなたの新しい能力ってもしかして」
霧島の脳は『シュルバの新しい能力は?』と言う問いに対して『未来予知』という回答を出していた。
「先に言っておくけど、私の能力は未来予知なんて難しい能力じゃない。とっても単純で、且つ恐ろしい能力。名付けるとしたら……『強欲』」
「強欲…………」
そうか、確かにそれなら納得がいく。
サイコロの目が全て同じだったことも、シュルバの言ったことが現実になったことも、果てはルシウスが絶望の淵に堕ちたことも…………
シュルバが、『驚異的な幸運』を手にしたと考えれば。
「私の新しい能力は『強欲』。効果は、『13分間だけ驚異的な幸運を得て、13分後に死亡する』」
能力発動の瞬間にシュルバの手の中に13分を計測する懐中時計が生まれ、その針がゼロを指したとき、シュルバの心臓は止まる。
その針が動いている間は本人すら予測不可能なほどの幸運を手に入れる。
実際にシュルバの適当な言動が現実になったことを考えると、予め決まっている未来を見る未来予知なんかよりよほど強力な力だと考えられる。
「な……なんだよそれ」
「というわけで葵ちゃん、私あと4分9秒で死んじゃうから『KILLER』取りに行っといて」
霧島が端末を持って去っていったのを確認して、シュルバはもう1人に目を向けた。
腰を抜かしてまるで動けないルシウス。シュルバは彼の懐に手を突っ込んだ。
「そういえばさ〜……敗者って何されるんだっけ?」
「お……おい、よせ……!」
「やーだ♪私だって覚悟決めてギャンブルしたんだし、ちゃーんとお注射してもらわないと困るなー」
「やめろ!やめてくれ!頼む!それだけは……それだけはぁぁああ!!!」
シュルバは涙を流し、尿を垂れ、汗をダラダラとかいているルシウスの胸ぐらを掴んだ。
「今更泣きわめいても、注射は受けてもらうよ」
「あ…………あぁ…………」
「覚悟はいいな?私はできてる」
シュルバはルシウスの首筋に注射器を突き刺す。シュルバが親指を強く押すたびに彼の中に微生物が入っていく感覚がわかった。
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