5章32話『あなたに賭ける』
「わーすごい、これほんとにカジノ?」
「えぇ。間違いなくここがKILLERの所在地です」
建物一帯を見渡すシュルバ。文字通り開いた口が塞がらなかった。まるで芸術作品のような立派な建物。中から漏れる賑やかな声をも揉み消すような美しさ。
これをカジノと言われても困る。
「まぁいいや、パパッと終わらそう」
シュルバは霧島の手を引いてガラス張りの扉を開いた。
内装は本格的なカジノ。各テーブルにはディーラーとギャンブラーが点々と並んでいる。ギャンブラーたちは大声を上げてガッツポーズしたり、逆に大声を上げてうずくまったりと、カジノの長所と短所を言葉を使わずに表している。それ故に、彼女はシュルバを信じきれずにいた。
「引き返すなら……今のうちですよ」
霧島のその言葉、確かにシュルバを煽ってもいた。しかし、彼女は本当にシュルバを心配してもいた。普通のギャンブラーならどれだけ負けて借金を負おうとも、極論死んでしまえば全てリセット。しかし、死ぬことができないシュルバにはそれすら許されない。何度死んでも負けた分を返すまで逃げることができない。
だから霧島は忠告した。
シュルバはそんな霧島の気持ちも露知らず、ギラッと笑った。
「なーにいってんのさ、私は勝つよ!」
「……なぜ、そう言い切れるのですか?」
「だって私だもん!どんなことがあろうと、私は負けないよ!」
シュルバのこの自信、とてもいいものだ。たとえ確証がなかろうと、自信というものは人の限界を超える力がある。
少なくともマイナス思考になるよりかはずっといい。
霧島は微笑み、カジノの参加登録をしにカウンターへと向かった。
カウンターで渡されたのはIDカードとQRコード。受付嬢の話によると、このQRコードをスマホで読み取って専用アプリをダウンロードしIDを入力することで持ち金とジャックを確認できるというものだ。
また、霧島はカウンターの横に置いてあるカジノで使うようなチップ型のチョコレートを1枚取る。
そして彼女はシュルバの下に戻った。
受付嬢からされた説明をシュルバにも伝え、彼女にIDカードとQRコードを渡す。
そして彼女は言った。
「では僭越ながら、ある1つのギャンブルに挑戦させていただきます」
霧島はチョコを親指で弾き、空中で回転するチョコを掴む。そしてそれを拳に収めたまま、彼女の胸に当てた。
「私はあなたに賭けます」
霧島がニヤリと笑う。
「任せて、絶対に勝ってみせるから」
シュルバもそれに返すように、ニヤリと笑う。
シュルバはカジノ全体を見回して、呟いた。
「それにしてもこのカジノ…………黒いねぇ〜…………」
「黒い?」
「見てればわかるよ♪」
そう言ってシュルバはポーカーのテーブルに向かった。机の隅の認証機にスマホをかざし、黒色の椅子に座るシュルバ。そしてその後ろに立つ霧島。2人の目線はディーラーに一直線だった。
「では、ゲームを始めます」
ディーラーはシャッフルマシンにトランプを入れる。いや、入れようとした。
「待った」
シュルバは吟味するような目でディーラーを見つめる。
「そのシャッフルマシン、本当にシャッフルされるの?」
「何を言いますか、もちろんシャッフルされます」
シュルバはそこで確信した。
「ダウト」
「…………は?」
「もしシャッフルマシンが本物だって言うなら……机の下に発砲しても問題ありませんよね?」
「…………どこの国の方かは存じ上げませんが、この国では銃の所持は禁止されています。できるものなら、やってみればいいのです」
シュルバの表情は不敵な笑み、シュルバの心情は狂気的な爆笑だった。
「葵ちゃん」
背後の霧島は、シャッフルマシンの下に銃口を向けた。彼女はゴミ虫を見下すような目でテーブルを見下す。
「大人しく出てくるなら、今のうちですよ」
彼女の低く鈍い声はディーラーの覚悟をへし折るには十分すぎた。
「降参します」
ディーラーのそのセリフと共に、テーブルがガタンと揺れる。
机の下から現れたもう一人のディーラーは申し訳なさそうに顔を上げなかった。
「これ、上の人にバラされたらやばいよね?」
「……何をお求めですか?」
「私の賭け金を10倍にしな」
「…………容易いことです」
ディーラーは机の下からタブレットを取り出し、操作する。
「完了いたしました」
「もう二度と、こんなことしないようにね♪」
シュルバは自分の賭け金が10倍になっていることを確認し、ポーカーのテーブルを離れた。
「さすがですね」
「でしょー?この方法なら、ギャンブルで勝つ必要はない。しかも倍率も上がるから一石二鳥ってわけ」
シュルバはまた、辺りを査定するような目で見た。スロット、ブラック・ジャック、ルーレット…………。
「あれ、黒いな」
シュルバは説明を求める霧島の腕を引き、ルーレットのテーブルに腰を下ろした。
「単刀直入で悪いけど…………」
シュルバは前のめりになって、真顔で言った。
「私の賭け金を10倍にしな」
ディーラーは一切物怖じすることなく、
「いいでしょう。ただし、あなたがこのギャンブルに勝利した場合ですが」
「いいや?そんなことする必要はない」
シュルバが掴んだのは、ルーレット用の白い球。
「ダウト」
シュルバはその球を天高く投げ、縦一直線に切り捨てた。すると、どうだろう。
ガンッ。
中から現れた黒色の鉄はテーブルにぶつかって大きな音を立てた。
「これは……」
霧島がそれを拾い上げる。
「間違いありません、磁石です」
ディーラーの体が少し震えた。
「大事なことだから、もう一回言うね?」
シュルバはテーブルの周りを回って、ディーラーの顎を持ち上げた。
「私の賭け金を10倍にしな」
ディーラーはシュルバの黒く濁った目を振り払い、端末を操作した。
「じゃあね♪」
シュルバがその場を離れようとした時、彼女と霧島を取り囲む黒いスーツの集団が現れた。
「あなたがシュルバ様ですね。ボスがお呼びです。ついてきてください」
薄く暗いエレベーターを下るシュルバと霧島。その終着点は意外な場所だった。
「ここは……コロッセオ?」
「ええ、ギャンブルのためだけに作られた地下コロッセオです。ここに呼ばれるのはあなたで4685人目ですが……そのうち3658人はギャンブルを辞退し、残りは…………」
黒スーツの男が指差す先にあったのは、白い棒状のものと、その周りの変色した土だった。
「残念ながら、帰らぬ人となりました」
2人の背筋が凍った。
「ふーん…………怖いねぇ」
さすがのシュルバも驚きを隠せない。『ギャンブルに命を賭ける』、それが比喩ではなくなってしまったのだから。
何度も言うが、いくら不死身と言えど死ぬのが怖くないわけではない。むしろ死んだことがあるからこそ、死の恐怖を知っているのだ。
「で、そのギャンブルというのは?」
ゴォ〜。
鈍い音と共に開いた扉の先にいたのは、ワインを片手に胸を張って歩いている小太りの中年男性だった。
「ごきげんよう。私がこのカジノのボス、ルシウスだ」
「はじめまして、シュルバです」
ルシウスとシュルバはお互いにお辞儀をする。顔を上げたルシウスは、「おぉ」と声を上げる。
「あなたはペルセウスの…………」
「あら、私のことをご存知でしたか」
「えぇ。ま、ギャンブルの前には立場などそこに転がる骸ほどのこともありません。今回の挑戦者はシュルバさんですね」
「で、そのギャンブルというのは?」
「これは1時間以内に賭け金を100倍にした者にのみ与えられる最高の稼ぎ時、その名も『インフィニティ・ダイス』」
ルシウスは不気味に笑った。




