5章31話『長からの依頼』
「おかえりなさい、皆さん」
大型船に戻ると、霧島は笑顔でアルタイルを出迎えた。
「今回の死亡者はアルトだけ。ただ、ヒロキが重傷を負ってる。葵ちゃん、この船に救急箱は?」
「もちろんあります」
霧島はそう言うと操縦舵の下の黒い扉を開く。中にはいくつかの白い箱がきっちりと並べられていた。霧島はそのうちの1つを引っ張り出し、シュルバに渡した。
「ルカちゃん、頼んだ!」
「ルカ、たのまれた!」
ルカはシュルバから受け取った救急箱から包帯だの消毒液だのを取り出し、ヒロキを治療する。上半身裸のヒロキの体は傷だらけ穴だらけ、体を蜂の巣にされるという言葉がよく合う。
そして極めつけは――――。
「シュルバおねーちゃん!」
「…………これは、多分矢の痕。それが胸のど真ん中にあってそこから血が止まらない。……矢が心臓を突き破ったと考えるべきね」
シュルバはふぅーっとため息をついた。
「心臓を突き破ったって…………じゃあヒロキはなんで生きてるんだい?」
矢野が問う。
「見た目は人間そのものだけど…………俺はゴブリン。その命はHPで管理されるんですよ」
「ヒロキが今生きていれてるのは、HPがまだ残っているから。ゴースト戦の時腕を落としてもなお失血死しなかったのもそういうことです」
「逆に、どんなに傷が浅くてもHPさえ切れればそれはヒロキの死を意味する…………」
シュルバが頷く。
「でも、どちらにせよ心臓を貫かれてるのは一大事。ルカちゃんにも治せないし、かと言ってここで一度死んでしまったらその後も心臓に何か残るかもしれない」
シュルバがここまで言うと、離島に向かって船を動かす霧島が、前を向いたまま言った。
「それならば一度離島に上陸して、彼を病院に連れていってはいかがですか?吸血鬼がいる島の病院なのですから、ゴブリンの怪我も治せるかと」
「そうだね…………ルカちゃん、とりあえず応急処置を」
それから約30分、霧島が運転する船は無事離島にたどり着いた。港から見た様子としては、都心から離れた郊外のような、ごく一般的な街だ。
霧島は港に設置されていた地図を見て、病院への道のりを把握、そのままヒロキを病院まで連れていった。
「これは…………」
ヒロキの担当医は絶句した。
「彼は吸血鬼、もしくは魔族か何かか?」
重苦しい機械に囲まれたベッドに横たわるヒロキを指差して問う。
「なぜ、そのようなことを?」
「普通の人間なら、心臓を貫かれて生きていられるはずがない。シーアナザーには魔族も多く暮らしているからな」
シーアナザー。それがこの離島の名前らしい。魔族が多く暮らしていることに関しては、ここ数年で技術が大躍進した可能性を考えれば、なんとか納得はいく。現にアリスの国家も魔族の国だが他国との交流もあったのだから。
「ヒロキはゴブリン族です」
「なるほど、ゴブリンか…………。ゴブリン族は確かHP制。治療にはさほど時間がかからないだろう」
それを聞いた一同はホッと一安心と同時にある疑問が浮かんだ。
「具体的にどれくらいの時間が?」
「そうだな、恐らく丸一日くらいはかかるだろう。退院できるようになったら私から連絡をしよう」
担当医は最年長と思われる矢野に連絡先を聞き、自分の名刺を差し出した。
「あとは任せてくれ。必ず治すと約束しよう」
一行は担当医にお辞儀をしてそのまま病院を去った。その後矢野が手配したホテルで一夜を明かしたアルタイル達。
そこに飛び込んできた事件はあまりにも予想外だった。
「失礼します」
「あ、葵ちゃん。おはー」
ノートパソコンでDATABASEとメールするシュルバ。なお料金は仮想通貨で払っている。
「朝早くから申し訳ないんですが…………お願いがあります」
霧島は真新しい新聞をシュルバに見せた。シュルバが首を覗かせてみると、霧島は『シーアナザーのカジノに伝説の骨董品?』と書かれた記事を指差した。横の写真には鎖でぐるぐる巻きにされた拳銃が1丁、ガラス張りのケースに閉じ込められていた。
「これを取る……いえ、取り返すのを手伝ってください」
霧島の眼差しはいつにも増して強く、焦りが混ざっていた。
「えっと、これは?」
「初代ペルセウス団長の使用していた拳銃『KILLER』です。初期のペルセウスの仕事は極悪犯罪者の暗殺任務が主でした。その頃に使われていた拳銃の改造型がこの銃。少し前にペルセウスの宝物庫から盗まれたと思えば…………」
「いつの間にかカジノの景品になっていた…………と」
霧島は暗い表情のままゆっくりと頷く。
「このままではペルセウスの歴史に残る拳銃が第三者のギャンブラーの手に落ちてしまいます。そこでシュルバさんにお願いしたいのです。KILLERがカジノの景品になっていると分かればシーアナザー、いえこの時間軸に住むペルセウスは皆それを狙います。だからできるだけ大事にしたくありませんので…………」
「私と葵ちゃんの2人だけでKILLERとかいう拳銃を奪う…………と」
霧島はまた頷いた。
対してシュルバは「うーん」と声を出しながら天井を見つめる。
「半分賛成だけど半分反対」
「と、言いますと?」
「もちろん取り返すのには協力する。でもね…………」
シュルバは狂気的な笑顔を見せた。
「無理矢理取り返すなんてつまらないわ。ここはあっちのルールに乗っ取ってやろうじゃないの♪」
「なるほど……あちらの提示したルールに従ってKILLERを取り返せば、敵側も文句は言えない、と」
しかし、と続ける。
「このカジノでは以前から有名な絵画や宝石を景品にしていたことがわかっています。今回KILLERはその枠なんですが、その交換レートは200万ジャック。『ジャック』というのはこのカジノのポイント制度で、初期の掛け金の2倍を稼ぐと2ジャック貰えます。つまり…………」
「私達は掛け金を200万倍にしなければならない…………」
霧島は頷いた。
「どれだけ上手く行っても、1ヶ月は掛かるでしょう…………」
霧島は強い眼差しでシュルバを見る。
1ヶ月間、ただひたすらギャンブルに溺れる覚悟はあるか。そう訴えているような目だった。
しかしシュルバはそれを根本から覆した。
「1ヶ月もいらない。明日1日で十分よ」
「えっ…………!」
霧島は絶句した。
「無謀です!いくら何でも200万倍を1日でなんて!」
前のめりになってシュルバに大声を出す霧島とは対称的に、当のシュルバは楽しそうに笑っていた。
「葵ちゃーん、あなたの前にいるのは誰だと思ってんのー?」
シュルバは目を見開いた。
「シュルバだよ?バーシュルちゃんだよ?バーシュルちゃんに不可能なんてないの♪」
「しかし…………」
「まぁ見てなって!明日それを証明してやるからさ!」
傍から見れば、それは確かにハッタリに過ぎない。現に霧島も、シュルバに期待する一方でそんなこと絶対に無理だ、とも確信している。
しかし、彼女は違った。
シュルバはそれを本当に成し遂げようとしている。
もちろん、ハッタリなんかではない。しかし彼女には勝算も、作戦もなかった。
絶対的な自信。読んで字のごとく、『自分を信じる心』。彼女の真っ黒な目の中にあるのはそれだけだった。
それを感じ取った霧島はふうっとため息をつき、
「シュルバさんに頼んで正解でしたね」
彼女に乗ることにした。




