第6話 買い出し *純*
「器用なんだな」
町に出掛ける前、三月に髪を切ってもらっている。二年くらい切ってなかっらたから酷いことになっていたらしい。
……貸し本屋で変な目で見られていたのはそれが原因だったんだな……。
「あと、風呂にも入れ。臭いぞ」
あー……最後に風呂に入ったのはいつだったか? 夏だから余計に酷いことになってそうだ……。
「あっちに風呂があるから髭も剃れ。あ、石鹸を持っていけよ。あっちの石鹸は質がよくないんでな」
「あっちって、どのくらいの文明文化なんだ?」
「中世ヨーロッパな感じかな? 魔法があることで科学は発展してない。風呂もトイレも最悪だった」
三月って潔癖症なのか? 家の古い風呂や便所を変えていいかとお袋に訊いていたし……。
「平成では水洗トイレに湯沸し器はマストだ」
「マスト?」
「必須って意味だ。オレから見れば昭和時代は異世界より少しマシな状況だな。早くネットがある時代になって欲しいものだ」
概念的なことは理解出来たが、それがあることの利点がよくわからない。そんなに情報があっても精査出来んだろうに。本だって一日で読める量は決まっているんだからな。速読術でも使えん限りはな。
異世界の風呂は確かにオレらの時代よりは優れているように思える。魔法で沸かしているのか? シャワーなんて金持ちの家にあるものだろう。
「蒸し風呂もあるのか。北欧の文化だったよな?」
昭和より遅れた時代ながらここだけは時代の先を行っている。よくわからんところだよ……。
さっぱりしたら伸びた髭を剃る。
「やたら切れ味のいいカミソリだな。床屋のより凄くないか?」
これにも魔法が掛けられているんだろうか? これを売ったほうが金になるんじゃないか?
下着も三月が作ったというものを履いた。肌触りいいな! キツくもなく緩くもなく位置もいい場所に来ている。
「さすがに服は西洋風すぎるな」
ズボンとシャツはオレのを使ってもらうか。目立ちすぎるし。
「……同じ日本人とは思えないな……」
オレは背が高いほうだと思っていたが、三月はさらに高くて百八十センチはありそうだ。
「あちらの世界では魔力のある生物を倒すとそのエネルギーの一部を自分の体に取り込める。そのエネルギーは体を変化させる。純も魔物を倒せば体は変化するよ」
それはどんな理屈なんだ? 異世界の法則がオレにも働くのか? 意味わからなすぎて理解が出来んよ……。
久しぶりにさっぱりして綺麗な服に着替える。
「服も買わないといかんな。小さくて入らんよ」
背が二十センチも違うとオレの服は入らない。異世界風じゃないズボンと肌着で出掛けることにした。
……筋肉が凄いな……。
今の日本人の体ではない。六十年くらいでこんなに変わるものなんだろうか? この星も生き物のエネルギーを吸っているんだろうか……?
「じゃあ、行くか」
そろそろ汽車がやって来る時間なので駅に向かった。
「汽車に乗るなんて何年振りだろうな?」
この赤岩集落(正しくは大平区だ)は、あと十年もしないで消えるだろう。うちの親と同じ年代なのだから。
子供の頃は戦争で疎開して来た家族がいて賑やかだったが、それも昔だ。若いのはオレくらいだろうよ。
「町までは自転車なのか?」
「オレはそうだな。駅まではバスを使っているよ。お袋は買い物に汽車を使っているが」
「汽車やバスがあるだけいい時代だな。あっちでは町や村を出るなんてまずない。移動も命賭けだ。こんな道を歩いていたらよく熊が出たもんだよ」
「ここも熊は出るけどな」
人がいるときは出なくなったが、今は人がいないせいか作物を食い荒らされるよ。二年前のことだがな……。
「へー。熊いるんだ。人里が近いのに」
どうも異世界の常識で話しているようだ。
「駅は無人なんだ。秘境の駅みたいだ」
「廃駅になるのも時間の問題だろう。利用客もいないしな」
ここに来るのも久しぶりだ。昔は人が住んでいたんだがな。もうその跡すらもないよ。
「おー! SLじゃん! スゲー! 生で走ってるとこ初め見た!」
平成にはなくなっているのか。国鉄もなくなっているとか言ってたな。戦後脱却とか言われているのに、六十年先は戦後の欠片もなくなっているんだろうよ。
「スゲー煙! 環境破壊もいいところだな!」
まあ、確かにあの煙は害にしかならんだろうよ。
汽車が停まり、はしゃぐ三月の襟首をつかんで車両に引っ張った。
「中も凄いな。銀河鉄道の世界だ」
宮沢賢治か。六十年後も読まれているんだ。
車掌から券を買っておのぼりさんのように騒ぐ三月を席に座らせた。
「町までどのくらいなんだ?」
「一時間くらいだよ」
「そこそこの距離だな」
「ああ。だから若い者は集落を出て行くのさ」
オレもその一人だった。だが、人間関係に挫折して実家に帰り、何年も部屋に閉じ籠ってしまった。
正直、町に行くのは怖い。貸し本屋までが限界だった。
だが、三月のお陰で少し心が晴れた。異世界というところに興味がで出ている。まさか二十五にもなって少年クラブの主人公みたいな展開になるとはな。
異世界。魔法や魔物がいる世界。どんな冒険があるのか、わくわくして堪らなかった。




