第32話 万世大路 *三月*
二十分くらい揉んでぎっくり腰を治癒させた。
「……痛みが消えた……」
「それはよかった」
布団から出てラジオ体操をする社長さん。病み上がりなんだからいきなり体を動かさんでくださいよ。
「とりあえず今日はゆっくり休んで、しっかり食べてください」
治癒魔法は、自身のエネルギーを使って体を治癒させる。エネルギーを消費したんだからしっかり食べてエネルギーを溜めてくださいな。
「ああ。そうするよ。久しぶりの休みだからな」
休みないんだ。とんだブラック旅館だな。儲かってんだから人を増やしなさいよ。
「じゃあ、オレは帰りますね。ゴミや空き瓶は持って行きますんで」
「助かる。来年には車を買うとするよ。いつまでも純頼りには出来んからな」
「まあ、オレはいつでもお払い箱にしてくれて構いませんので。新聞配達だけでも食べて行けますからね」
仕事は暇潰しみたいなものだ。なくなったら別の暇潰しを見付ければいいだけさ。
ゴミや空き瓶を積んで戻り、うちに帰って夕食を食べたら馴染みとなった桜小町に飲みに出た。
山形土産を渡し、しずかさんが作った料理を肴に芋焼酎をいただいた。
「あ、純ちゃん。どうも」
寿司屋の大将に桜小町のことを話したら常連となり、こうして一緒に飲むこともあるのだ。お陰で純ちゃん呼びだ。
「大将どうも」
女将さんに注いでもらって乾杯。山形に行って来たことを話しながら飲み交わした。
「そうだ。知り合いの寿司屋の大将が純ちゃんの包丁を欲しがってんだが、頼まれてもらえんかね?」
「大丈夫ですよ。あと、四セットはあるんで」
「助かるよ。あの包丁を使ってから店の評判がよくなったからな」
「それは大将の腕が上がったからでしょう。包丁は使い手によって名刀にもなまくらにもなりますからね」
まあ、オレの付与で切れ味上昇、力加減調整、寄生虫駆除を施している。プロが使えば伝説の名刀並みになるだろうよ。
「大将の腕に包丁が応えてくれたんですよ」
「まったく、臭いことを恥ずかしげもなく言えるものだ」
なんてことをしゃべりながら天辺越えるまで飲み、帰路に着いた。
穏やかな日々が過ぎ、純が陸王を運んで来てくれた。
「ガソリンは満タンに入っている。ガソリンスタンドの場所を把握しておけよ。ここだと佐藤商会が近いかな?」
あーガソリンな。ガソリンで動くんだったっけ。魔力ありきの世界で生き過ぎてガソリンの存在すら忘れていたよ。
「了ー解。純も乗って山形に行ってみたらどうだ? オレは太平洋を目指してみるからさ」
「万世大路はかなりキツいって話だから止めておくよ」
「万世大路?」
「福島と米沢を繋ぐ国道の愛称だな。明治天皇がこの道が長く人々に愛される道となるように、とか願った言葉が所以だな。ここからでも大滝宿までの道があるぞ。もう歩いてくる者もいないがな」
へー。宿場町に続く道なんてあったんだ。ちょっと行ってみるか。
「大滝宿は遠いのか?」
「三、四キロってところじゃないか? オレは行ったことないが、子供の頃は何人か往来している人は見たな」
「てか、今の時代に宿場町なんてあるんだな」
「そうだな。まあ、ウワサでは新しい道を造るって話が出ているから時間の問題じゃないか? 車の時代がやってくるんだから」
「時代の荒波には誰も勝てないか。無常だな」
「三月もここに固執しないで町に下りたらどうだ? この集落も衰退する一方なんだから」
「オレはここでいいよ。静かだしな。少なくともとーさんやかーさんが残りたいって限り、ここを衰退させたりはしないさ」
十年後にオレが消えようとも、ここは三十年くらいは残れるようにはしておこう。そのあとは、時代の流れに任せるしかない。チートな能力があろうと時代には勝てないからだ……。
「そうか。そこは三月に任せるよ」
「異世界に飽きたら戻って来てもいいんだからな」
「飽きたらな」
まあ、お前が帰って来てもいいようにはしておくさ。異世界ライフは辛いからな。オレはもう戻りたくないわ。
「米沢の稲刈りはそろそろか?」
「十月初めくらいだからあと二週間くらいだな。オレはそれまで学さんに剣を教えてもらうよ。まあ、毎日殴られる一方だが……」
「痛みを知るのは大事さ。身の丈に合わない強さは身を滅ぼす。オレらも力に溺れて全滅しそうになったことがあったっけ。強ければ強いほど謙虚にならんとな」
「三月でも失敗するんだ」
「失敗してこその今だ。生き残れたのは運がよかったからだな。人生は謙虚に、生きざまは慎ましやかに、だ」
「自由に生きているように見えるが?」
「強さあっての自由だ。弱くて金がないと人生は歩めないものだ。まあ、それを突き抜けてしまえば無欲になる。欲をなくした人生はつまらんぞ。仙人とかオレには無理だ」
ほどよい欲は人生を楽しくしてくれるものだ。なので陸王でツーリングと行きますか。今日は新聞配達だけ。終われば夕方まで走れるはずだ。
「そう、だな。閉じ籠っているのは人生を潰しているものだ」
「お前の場合は違うだろう。だが、人生を楽しみたいのなら精一杯楽しむといい。後悔のないようにな」
「ああ、力の限り楽しんでやるさ」
おう、楽しめ。オレも昭和時代を楽しむからよ。




