第26話 能己家 *純*
その日は、能己家に泊まることにした。
「転移魔法で一瞬で買えれますよ」
一応、桝谷商店の前に要石を置いてある。帰ろうと思えば一瞬だ。
「また戻って来れるのか?」
「この石をここに置けば可能です」
要石は結構ある。今は四十個くらい収納の指輪に入っている。
「泊まりかもとは言ってきたから大丈夫だ。純のほうはいいのか?」
「オレも大丈夫です。野宿する練習をしようと思ってましたから」
「異世界か。収納の指輪を見ても信じられんよ」
「そうですね。オレもまだ三月の敷地内から出たことないので実感はありません」
三月が平成生まれなのは黙っている。未来を知ると歴史が変わるかもしれないからと言われているのだ。
「失礼します。お召し物をお持ちしました」
家政婦さんが二人いる家らしく、一人がオレたちの着替えを持って来てくれた。
着物なんて着たことないので、旦那さんに教えてもらった。
夕飯は、部屋まで運んでくれ、なんか豪勢な料理だった。
「いつもこんな凄いものを食べているんですかね?」
善に八品も乗っている。これを短時間で作ったのか?
「料亭から運んだのだろう。駅前で料亭もやっていたから」
すっげー金持ちじゃないか。山形でも有力な人なのか? オレなんかが関わっていいのだろうか?
「まあ、気にせず食うといい。純のお陰で学の病気が治ったんだからな」
「オレが作ったわけじゃないんですけどね」
すべて三月が用意したもの。オレは使わせてもらっているだけだ。
「卑下することはない。これも縁が結んだもの。その縁を繋いだのは純なんだからな」
そうなのかね? まあ、運はいいのだろうな。あのまま朽ちていたところを三月に救われたのだから。
豪勢な夕飯をいただき、檜の風呂に入って早々に寝ることに。いつもの時間に起きてしまったので、庭に出て木刀を出して素振りをした。
異世界では武器を持つことが当たり前らしく、暇があるなら素振りでもしろと言われていたのだ。
「脇が甘い。もっと絞るように持て」
と言われて目を向けたら学さんがいた。その横には奥さんと旦那さんも。見られてたのかよ。まったく気付かなかった。
「戦時中は毎日振らされていたんですけどね。まったく身になってません」
なんのためかわからないままに振らされていた。竹槍なんかも突いてたな。なんだったんだ、あれ?
「ずぶの素人だな」
「それに加えて、堕落した弱い男です。ただ、がむしゃらに動くしか出来ません」
まずは体力だと、走ったり木刀を振ったりしているだけにすぎない。
「相手してやれう」
「や、病み上がりですよ。無茶は──」
「病み上がりでも素人に遅れは取らんよ」
どこからか持ってきた木刀を握っている。マジか? 明治生まれはバケモノだな。
「お願いします」
強いのはわかる。もう迫力が違う。本当に五十を過ぎているのか疑わしいほどだ。
「来い」
遠慮なく向かって行った。手加減とか言ってられないほどの気迫を受けたからだ。
まともな知識もないのだ、正面から打ち込むまで──なんて甘い考えなど学さんはお見通し。スッと避けて頭に一撃を食らった。
手加減したのだろう。痛みだけで血は流れていない。
「ほぉう。声も上げないか」
「痛いだけですから」
痛いのは生きている証だ。問題ない。
振り方なんてメチャクチャだ。わかっている。今のオレに出来るのは向かって行くことだけ。そして、倒れないことだ。
体力は付いている。まだまだ木刀は振れる。なのに、まったく当たらない。木刀で受けることもせず、オレの一撃を紙一重で避け、急所を打ってくる。
これが実戦ならオレは十回くらいは余裕で死んでいるな。まあ、一度死んでいるようなもの。なら、何度死んでも怖くはないさ。
けど、体は正直らしい。痛みが蓄積したようで、足が縺れて倒れてしまった。
それで息が続かず、立ち上がれなかった。まだまだ体力が足りないようだ。クソが……。
治癒の指輪を発動させ、体中の痛みを消した。
「それも魔法なのか?」
「……は、はい。治癒の指輪です。即死魔法以外ならどんな傷も治すようです……」
これも体に溜まった栄養を使うので、あまり酷いと治らないっていう話だ。
「旦那様。そのくらいで。汗を流したら朝食にしましょうか。純さん。お風呂が沸いてますので汗を流してください」
「ありがとうございます」
全身汗だくだ。素直に風呂を借りるとしよう。
風呂場に行くと、タオルや着替えが用意されていた。下着も新品だ。ただ、着物はなんとかならんものだろうか。今は昭和だぞ。
お世話になっている身なので、汗を流したらありがたく着させてもらった。
家政婦さんの案内で居間に向かうと、皆さん、席に着いていた。
「お待たせした」
「さあ、しっかり食べるといい。わしも久しぶりな食事に我慢出来ん。いただこう」
嬉しそうに食べる学さん。食えるってのは幸せは代えがたいものだよな。
「山形の米は美味いですね」
さすが米所。美味いってわかるくい美味い米だった。日本人に生まれてよかったと感じるよ。
「そうだろうそうだろう。わしもこの美味さをまた味わえたことに感謝しかない」
だからって食べすぎはよくないですよ。ほどほどにしてくださいね……。
オレより食欲を見せる学さんに呆れながらも美味い米に箸が止まらない。これは異世界にも持って行くとしよう。お代わりお願いします!
昔、山形の大学に行った友人に聞いた話。平成初めくらいまで山形にはコンビニがなかった。少なくとも昭和には24時間やっているコンビニはなかったはず。まあ、似たようなのはあったのかもしれないが、自分は見たことも聞いたこともなかった。
コンビニに反対する有力者がいたとか。山形の人は聞いたことあるんじゃないかな?




