出会い *三月*
オレが打った包丁を見て、大将が唸っている。なんか変なところあったか?
「素人の技じゃねーな」
まあ、十年の歴があり、打ったものは獣人たちに渡してある。いい切れ味だと評価は受けている。なまくらにはなってないはずだ。
「お客さん。ちょっと使わしてもらってもいいかい?」
「いいですよ。道具ですし」
――これはオレの魂だ!
なんて心情も信条もない。道具は使ってこそ。オレはフィギュアを作っているわけじゃない。どうぞ好きなだけ使ってください、だ。
「ありがとよ」
「じゃあ、土曜日に来るんで。好きに使ってくれて構いません。逆に違和感があったら教えてください。魚を切る包丁は初めてなんで。では」
肉ならたくさん切ってきたが、異世界の魚なんて滅多に食うことはなかった。釣りの趣味もなかったし。
もう夕方なので通りには人がたくさん往来していた。
商店街、って通りではないが、飲み屋があるのかサラリーマン的な感じのおとーさんが多いように見えた。
「ちょっと見て行くか」
夕飯にはちと早い。昭和時代の飲み屋がどんなものか見てみよう。
サラリーマン的なおとーさんの後に続いて行くと、飲み屋街が現れた。
「なんとも昭和感が凄い」
別に昭和時代を知っているわけじゃないんだが、目に見える光景が昭和でしかないと言っている。記憶にある平成の空気とはまったく違った。
「──おっと。大丈夫ですか?」
目の前を歩いていた女性がコケそうになったので、地面とキスする前に助けた。
「す、すみません!」
「いえいえ」
昭和時代はまだ下駄を履いてんだ。さすがに江戸時代から何十年と過ぎているだろうに。
「切れちゃったみたいですね」
なんて言ったっけ、この親指と中指の間に挟む紐? なんか名前があったような記憶がある。
「長いこと履いていたから鼻緒が切れてしまったようです」
あ、鼻緒だ、鼻緒。そんな名前だった。
「ちょっと見せてください」
肩につかまってもらい、下駄をつかんで鼻緒を見た。
「へー。下駄ってこんな風になってんだ。今度作ってみよう」
ブーツでないと危険な世界にいたから下駄なんて今の今まで忘れていが、町を歩くなら下駄でもいいかもしんない。通気性抜群だし。ってまあ、付与魔法で蒸れないようにはしているから快適ではありますんで。
収納の指輪から一番小さな針と糸を出し、千切れたところを縫って繋いだ。
「帰るくらいは問題ないでしょう」
下駄を地面に置いて履いてもらった。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ」
なんかそんな言葉があったはず。殺伐とした異世界ではなかなか使えん言葉でもあるがな。
「じゃあ、お気をつけて」
「──あの、お酒を飲みに来たのならうちでどうぞ。お酒、一杯奢りますよ」
「飲み屋をやっているので?」
飲み屋のおねーちゃんってより小料理屋のおねーさんって感じだが。見た感じ、二十後半ってところか?
「はい。伯母の店で働いてます」
女将、ってわけじゃないんだ。やっぱ、若いみたいだな。
「飲み屋がどんなものか見に来たんで、お世話になろうかな」
「はい、こちらです」
女の人の案内で飲み屋へと向かった。
この時代、携帯電話がないのが残念──なんて言ってたら異世界では暮らせない。携帯電話の代わりなど魔王退治のときに考えついているわ。
念話でかーさんにプルルルン。ガチャ。
──三月かい?
ああ、三月だよ。ちょっと遅れるから先に食べててよ。飲み屋がどんなところか見に行くからさ。
──わかった。気を付けてね。
了ー解。どんな料理を出すか調べるよ。
──普通はそうじゃないんだけどね。まあ、好きにおやり。
と、切れてしまった。飲み屋に行くのに飲みや食い以外になにがあるんだ?
女の人が連れてってくれた先はカウンターがあるだけの古い店だった。
まだ早いからなのか客はいない。カウンターの奥には日本酒や焼酎がならんでいる。ザ・飲み屋だな。
「いらっしゃい。おや、しずかかい。なんだい、正面から入って来て?」
お、しずかちゃんかい。本当にしずかって名前の人がいるんだ。ド○えもんの世界だけだと思っていたよ。
「お客さんを連れて来たわ。鼻緒が切れたところを助けてもらったの」
「なんだい、そのベタな出会いは?」
ベタ? 鼻緒が切れるのが? パンを咥えた女の子とぶつかるのと同じ現象か?
「お客さん、外人さんかい?」
「コテコテの日本人ですよ。この町生まれのこの町育ちです。飲み屋街に来たのは今日が初めてですけどね」
「そんな背の高い人もいるんだね~。なにを食ったらそんなに育つんだい?」
「野性味ある獣の血肉を食らい、適度な運動とストレスのない生活を送れば健康的な体になりますよ」
魔王退治より魔王退治後のほうが育った。ストレスが悪かったんだろうよ。
「……な、なんだい、それは……?」
「米よりパンや肉を食え、ってことですよ。今の時代は米や野菜ばかり。栄養が足りてないんでしょうね」
「え、えーと、学者さんかなにかかい?」
「ただのフリーターですよ」
「ふりーたー?」
あ、この時代、フリーターって言葉もないんかい!
「親は農業。オレは新聞配達や温泉に荷物を運んだりしてます」
「ちゃんと働いてはいるんだね」
「ええ。楽しく働いてますよ。美味いものが食え、美味い酒が飲める。最高の人生です」
まったく、昭和は素晴らしい時代だよ。




