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第37話 黄金スープの効果

 ――からんからん


 夜に訪問したにも拘わらず、ギルドにはモルドーが仕事を片付けながら俺を待っていた。


「注文された食事を持ってきたぞ。これを食わせる客は何処にいる?」


 俺はあえて患者とは言わず客と表現する。モルドーはその言い方に笑みを浮かべて答えてくれる。


「思ったよりも早い到着だな。お前さんの客はギルドの特別室で待っているぞ。腹を空かせて倒れそうだから早く行って食わせてやってくれ」


 モルドーはそう言って書類を置くと椅子から立ち上がり俺について来いとばかりに部屋を出て行った。


「――俺だ。入るぞ」


 ギルドの二階に上る階段を経て特別室へと招かれて俺たちは依頼対象の患者と面会した。


「げほげほげほ」


 部屋に入るなり激しく咳き込む男性の姿が目に入る。この男性が重症患者なのだろうか?


「大丈夫か? ブリック」


 ブリックと呼ばれた男性はモルドーの姿を見てうなずくが、何かを喋ろうとする前にまた咳き込んでしまう。


「この男性が?」


 モルドーは俺の問いにちらりとブリックを見るがすぐに首を振った。なるほど、この男性はまだ軽症患者だったのか。


「なら、重症患者はどこに居る?」


 患者を前にして俺は建前の客という言葉は無意味だと判断して素直に患者と言った。


「この奥の部屋だ。本当ならばすぐにでも試したいのだが、まずはブリックでその効果を見せて欲しい」


「なぜだ? 重症患者にこそ急いで与えるべきじゃないのか?」


 重症患者の前に軽症患者で試すなど答えは一つなのだが、あえて俺はモルドーに問いかけた。


「お前さんの作る食事に一定の効果があることは認識している。だが、長年ギルドでは魔獣は毒だと発表してきたのだ。本来ならば地道に安全性を確認してから広めるべきものを一足飛びに使おうとしているのだ、軽症者で試すのは妥当だと思うのだが?」


 モルドーの言っていることは一見辻褄が合っているように聞こえる。だが、彼の言動からそれだけが理由だとは思えない。きっと別の理由があるはずだ。


「重症患者はあんたの関係者。しかもとても大切な者なんだろうな」


 俺の鎌をかけた言葉にモルドーの眉がピクリと上がる。やはり予想どおりか。


「俺が推測するには奥さんか子供といったところだろう。だが、本当に後回しにしてもいいのか? いま、こうして問答している間にも衰弱して息を引き取る可能性もあるんだぞ!?」


「ぐっ」


 痛いところだったらしくモルドーは苦悶の表情を見せた。その時、ブリックがようやく咳が収まったのかモルドーに向かって叫んだ。


「ギルド長! 彼の言っていることは間違っていません。確かに未知の治療薬としてお嬢さんに飲ませるのは怖いかもしれません。俺で先に確かめてもいいかと聞かれて了承はしましたが、俺が治るのを待ってから与えたのでは手遅れになってしまうかもしれません」


「やはり娘さんだったんだな。何歳かは知らないが、小さな子供だったら病気の抵抗力も低いから早急な対応をしないと本当に後悔することになると思うがな。まあ、俺はどちらでも構わないが、手遅れになった時に俺の責任にするつもりなら依頼はキャンセルだ。ここで帰らせてもらう」


「グラードおじさん!?」


 俺が突き放した言葉を発するとついて来ていたアーネットが驚きの声を上げるが持参したスープが信用出来ないというのなら敢えて強制する必要もない。ここで俺が大丈夫だから飲んでくれと頭を下げる必要はないというだけだ。


「ギルド長! 彼を信用したから依頼をしたのでしょう? 重症患者用の薬は王都でも不足していてこの町には入って来ないとご自分で言っていたじゃないですか。迷っている暇はありませんよ!」


 ブリックはそこまで一気に言うとまた大きく咳き込んだ。


「――わかった。俺も覚悟を決めた。すまないな、ブリック。もう少し我慢しておいてくれ」


 モルドーはブリックの手を握りうなずくと俺に対して頭を下げる。


「すまない。やはり頭のどこかで君の魔獣を使った料理に対して偏見があったことを認める。どうか娘を助けて欲しい。このとおりだ」


「謝罪をする暇があったらすぐに患者の所へ案内しろ!」


 相手が誰であれ、依頼を受けたからには助けてやりたいのが本音だ。俺はモルドーに詰め寄るとそう告げた。


「あ、ああ。こっちの部屋だ」


 俺はモルドーを急かして部屋のドアを開けさせると彼を押しのけるように部屋へと足を踏み入れた。


「ゼーハー」


 ベッドに寝かされていたのは十代前半の女の子で食事が摂れずに栄養が不足しているのだろう頬がこけており、瞳もただ空を彷徨っているように見えた。


「ああっ、リュエル。私がふがいないばかりに薬を調達できずに苦しい思いをさせた愛しい娘」


 モルドーは彼女の傍に跪き両手で彼女の手を握りしめる。


「これはかなり危険な状態だな。アーネット、彼女にスープを飲ませるために身体を少しでいいから起こして支えてくれないか?」


「はい。わかりました」


 俺はアーネットに指示を出すと収納袋から黄金のスープを鍋ごと取り出し、別に用意した深皿に取り分けた。


「そのまま飲ませるつもりなのか?」


「本来ならばそうしたいが、この状態では難しいだろう。ひと手間かけさせてもらう」


 俺はそう言うとスープに魔法を唱える。


「――水玉」


 俺の魔法に反応して皿の中にあった液体のスープが直径二ミリほどの球状に変わる。それをスプーンで掬うとリュエルの口へ含ませた。


「――解除」


 俺が魔法を解くと彼女の口の中でゆっくりと水玉が溶けてこくりと飲み込むのがわかった。


「大変だが、根気よくいくぞ」


 俺は隣で祈るように見つめるモルドーを横目にしながら慎重にスープを飲ませていく。やがて最初に準備したスープを全て飲ませ終わると俺は息を吐いてアーネットに彼女を寝かせるように伝えた。


「これで本当に助かるのか!?」


 モルドーは不安がピークに達したのか俺にすがりつくような目で問いかけてくる。


「もう少し遅れていたらどうなったか知らないが。心配するな、朝には目を覚ますだろう。仕事もあるだろうが今夜は傍に付いて自分の目で回復を確かめたらいい」


「――本当に……。本当にありがとう……」


モルドーはそう告げると娘の手を握ったまま肩を震わせていた。


「その子の治療は終わりだ。他の二人のうち一人はさっきの奴だな? もう一人はどこにいる?」


「ブリックのとなりの部屋だ。一緒にみてくれると助かる」


 モルドーは一瞬でも娘から視線を外したくないとの思いなのか、こちらを見ずにそう告げる。


「わかった。あとは任せな」


 俺はモルドーにそう返すとアーネットと共にブリックの居た部屋へと向かったのだった。

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