第14話 神に見捨てられた者
「それで、どうしてあんなところに居たのか話してくれるか?」
出した食事を全部食べたアーネットを見て、食後の飲み物を彼女の前に置くと、俺は落ち着いた声でそう尋ねた。アーネットはどう話したらいいのか迷っているようだったが、少し困った表情を見せながらも説明をしてくれた。
「私が住んでいたのはエルフ族の集落でした。詳しくは言えないけれど、私たちはある年齢になると、エルフ神の祝福と呼ばれる文様が肩に現れて魔法が使えるようになるの。普通は左肩に私たちが『風』と呼ぶ文様が浮き出て自由に風を操ることが出来るようになるのです」
なるほど。確かにエルフ族は風の精霊と呼ばれることがあるくらいに風魔法への適性が高いと聞いたことがある。森の民とも言われたエルフ族の象徴なのだろう。
「私も皆と一緒に儀式に挑んだのだけど、私にだけなぜか文様が現れなかった。それを見た里の皆は私を『神に見捨てられた呪われた者』として……。その後に追放すると決まったのはすぐでした」
話しながらどんどん落ち込んでいくアーネット。まだ幼い少女を集落の慣例という名目で危険因子として排除する思考停滞に、俺は強い憤りを覚えた。魔法に目覚めていないエルフが魔物の徘徊する森に放たれれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「それで、どうにか生きるために森を彷徨っていてあそこで俺と出会ったってわけか」
「はい」
「一族の慣例なのかもしれんが、酷い判断をするものだ」
俺はそうつぶやくとアーネットを見据えて思いを伝えた。
「帰る場所がないのなら、このままここに住めばいい」
「え?」
「今からここがアーネットの家だと思ってくれていい。俺のことはおじさんとでも呼んでくれればいいし、今は何処かで寝ているのだろうが変わった従魔も居る。アーネットがこの町で独り立ちできるまで俺が傍で守ってやる」
この歳まで妻はおろか恋人も出来た事のなかった俺に庇護欲でも湧いたのだろうか、俺はアーネットの話を聞いて迷うことなくそう告げていた。
「え? でも、私なにも恩返しができません。今、こうして屋根のある危険のない場所で温かい食事を頂いただけでも十分なのに、どうしたらいいのかわかりません」
アーネットは俺の提案に動揺して言葉に詰まっているようだ。だが、彼女の境遇を聞いて黙って他人に預けるなど考えられないことだった。
「子供が遠慮をするものじゃない。俺がそうしたいから言っているだけだし、どうしても何かをしたいのならこの店を手伝ってくれ。近々開ける予定だが思ったよりも広くてな。一人で回すにはきついかもしれないと思っていたんだ」
「本当に良いのですか?」
「もちろんだ。俺に二言はない」
俺がはっきりと言い切るとアーネットは急に涙をぽろぽろと流し出した。
「私、私……。本当にここに居てもいいのですか?
神の祝福が現れずに一族から見捨てられ、呪われた子と言われた私が一緒でもいいので…す…か?」
最後は消え入りそうな声で俺に問いかけてくる。一族の慣例なのかもしれない、もしかしたら過去にこの慣例を破った者が一族に不幸を呼んだのかもしれない。だが、こんな幼い少女を見捨てなければならない神がいるものか。
「ああ。ぜひとも店を手伝ってくれ。うまい飯と寝る部屋はいくらでも用意してやる」
「……ありがとう」
アーネットは俺に礼を言うと椅子から立ち上がり俺の前に来ると深々と頭を下げて言った。
「出来ることはなんでもします。よろしくお願いします。グラードおじさん」
そう言って顔を上げたアーネットの表情から笑みが見えたのだった。
◆
翌日、俺はアーネットを連れてギルドのドアを叩いた。彼女を俺の店の従業員として登録するためだ。
「すまないが、この娘の証明証を発行したい」
色々と問題はありそうだが、出来れば顔見知りのほうがいいと思った俺はエリザの立つ窓口へと向かった。
「グラードさん。商業課への新規登録ですか?」
「ああ、そうだ。この娘を俺の店の従業員として雇うつもりなのだが、町での証明証が無くてな。保証人には俺がなるからどうにか登録してくれないか?」
出来るだけ冷静に受け答えをしたつもりだがエリザはちらりとアーネットを見るとため息をついて俺を見た。今日もアーネットには深めのフードを被ってもらっているので一目見ただけではエルフだとは分からないと思うのだが……。
「うーん。私の判断だけでは難しいですね。ギルド長の判断を仰ぎたいので別室にお願いできますか?」
エリザの表情だけではアーネットがエルフだと気がついているのか判断がつかないが、どちらにしてもアーネットを俺の店で働かせるとなればギルドの承認を得ているとそうでないのは天と地ほど違う。ここはギルド長にも話を通した方が得策だろう。
「わかった。どこに行けばいい?」
「あそこの第一応接室で待っていてください」
エリザは俺にそう言い残すと奥への通路に姿を消した。
「あの。本当に大丈夫ですか?」
アーネットが不安そうな声で俺に問いかける。その手はかすかに震えているようだ。
「大丈夫だ。何かあっても絶対に俺が守ってやる」
俺はアーネットの手を握り、指定された部屋へと歩いて行く。ドアを開け、中のソファに二人並んで座るとギルド長が来るのを待った。
――かちゃり
数分後、ドアが開きエリザと共に壮年の男性が部屋に入ってくる。おそらく彼がこのギルドの長なのだろう。彼は俺たちの前のソファに座ると自己紹介をしてくれた。
「待たせたようだな。この職業ギルドの長を任されているモルドーだ。簡単な話はエリザから聞いている。それで、その娘はどこから連れて来たんだ?」
彼の言葉からはアーネットがエルフ族であることが知られているのかまでは判断がつかない。ただ、単に他所から少女を連れて来ただけともとれる。だが、俺はあえて彼が全てを知っているとの前提で話をすることにした。
「先日からギルドの依頼で北の森の巡回を始めたのは聞いているか?」
「ああ。うちの職員が北地区で食堂を開きたいという変わった冒険者に魔樹海の巡回を依頼したと報告を受けているよ。それに関しては非常に感謝している」
モルドーはエリザから上がっている報告書を手に軽く頭をさげて礼を言う。
「ならば、話は早い。その依頼で魔樹海を巡回していた際に偶然、この娘が魔獣に襲われているところに遭遇した。慌てて魔獣を討伐したまでは良かったんだが、周りに誰も居ないうえにこの娘は気絶していたのでその場に放置するわけにもいかずに町まで連れて帰ったんだ」
「ふむ。それで?」
「気がついた彼女に話を聞いたが記憶が曖昧らしく、自分がどこから来たのかも覚えていないそうだ。帰る場所がわからない者を放り出すくらいなら記憶が戻るまで拾った俺が面倒を見るのが筋だと思ってな。まあ俺も店を始めるには一人では厳しいし、お互いが納得する条件で契約をしたいと思ってここに来たんだ」
「なるほど。森で出会ったとなればこの町の出身ではなさそうですね。君、名前は?」
「アーネット」
「自分の名前だけは憶えていたようだが、無理をさせると危険だから話は俺に頼む」
俺がそう言って彼の意識を自分に向けようとするが、モルドーはアーネットの顔をじっと見て静かに頷いた。
「君の身の上に何があったかは詮索しないが、辛いことがあったのだけは分かる。彼の今までの言動から君に害することはしないと思うが、何かあればギルドに相談に来なさい」
「はい」
「よろしい。では、グラード君だったかな? 自分の言葉に責任を持って彼女が一日でも早く回復するように手助けをしてあげてください。ああ、定期的に報告もあげるようにお願いしますよ」
モルドーは俺にそう言うとエリザに後を任せて部屋を出ていったのだった。




