第12話 魔獣の住む森
次の日から俺は開店準備に走り回っていた。店舗となる物件の掃除から料理に使う野菜類の仕入れ、当然ながら間に合うわけはないけれど裏の荒れた畑の整備もした。茂っていた草は全て刈り取り、申し訳程度に残っていた柵の残骸と共に魔法袋を利用して一度に他の場所へ運んでいく。ボコボコに荒れた土地は土魔法を使って綺麗に馴らすと、新たな柵を作っていった。
「野菜の種はギルドに問い合わせ中だし、建物の中も綺麗になった。あとは本格的に魔獣肉の確保をするだけだ」
開店準備も順調に進んだある日、俺は物件を借り受けるための条件の一つであった害獣や魔獣の討伐と魔獣肉の確保をするために北門へ向かう。いつもならホイップも連れていくのだが、魔素の多い森に連れて行って悪影響が出ても困るので今回は留守番をしてもらっている。
「おう。店の準備は順調か?」
北門ではカールが門兵の仕事をしていて、俺に気が付いて声をかけてきたのだ。
「まあまあだな。後は食材の仕入れをしたら準備は終わりだ」
「そうか。それはなによりだ。それで、今日は門に何の用事だ? まさか、北の森に行くわけでもないだろうに」
「そのまさかだよ。実はあの物件を格安で借りる条件に定期的な森の巡回も入っていてな。俺もせっかく整理した畑を荒らされても面白くないからな。ちょっと見回りをしてくるつもりだ」
「いやいや、北の森はちょっと散歩にって感じで行く場所じゃねぇぞ!? 本当にギルドからの依頼を受けているのか?」
「もちろん受けているから言っているんだよ。ほら、これでいいか?」
俺がエリザから渡されたギルドの依頼書をカールに見せると彼は驚いた表情を見せる。
「まあ、正式に受けた依頼なら構わないが気をつけろよ。町の近くにはせいぜい猪や鹿くらいしか見ないが、奥に行けば熊や狼なんかも居るらしいからな」
カールは俺に注意を促してくる。俺は軽く手をあげてうなずくと北門を潜ったのだった。
◆
「――この感覚は久しぶりだな」
森に足を踏み入れると肌がひりつく感覚がする。魔素の多い場所で起こる独特の感覚だ。
「まずは北の柵に沿って見回りをしてみるか」
北門から町を囲む柵から数十メートルの距離を警戒しながら進む。足元を見ると所々に獣が餌を探したような跡が確認できた。
「典型的な猪の痕跡だな。罠を仕掛けておけば楽に捕獲できるかもしれん」
俺は近くの木に目立つ印をつけると次の場所へと移動する。この森は初めて来たので闇雲に動き回ると町への帰り道が分からなくなる可能性があるため慎重に目印をつなげていった。
――ガサガサ
その後、森の奥を探索していると大きく小枝が揺れたかと思うと葉が擦るような音が静かな森に響く。俺は手にした槍を音のする方向へ向けてじっと先を見据えた。
――ザザザッ
こちらの気配を感じ取ったのか、何者かが俺の方へと向かって来る気配に俺は迎え撃つ構えをした。
「ブフゥ!」
次の瞬間、大きな鼻息の音と共に大型の猪が姿を現し、一直線に向かってくるのが見えた。
「さあ、こい!」
猪は興奮した様子でその丸く重たそうな身体を前のめりにしながら凄いスピードで体当たりをするべく突っ込んでくるが、数多くこんな場面を経験している俺を怯ませるには至らない。猪は直線的な動きしかしないとよく言われるが、そんなことはない。こちらが大きく動けばそれに合わせて器用に方向転換をするのだ。
「俺は逃げたりしないからそのまま真っ直ぐに向かって来い! 力比べをしようじゃないか!」
俺は深く腰を落として槍を構えると突進してくる猪の眉間に向けて槍を突き出した。正直、人が槍を突き出す力で突進してくる猪を止めることは普通に考えれば不可能に近い。だから俺は密かに身体強化の魔法を使っていた。ずるいと言うなかれ、これも戦いの戦略なのだから。
ズン!
次の瞬間、興奮して俺を跳ね飛ばそうと突っ込んで来た猪の額に槍が深く突き刺さって止まる。そして額を貫かれた猪はぴくぴくと身体を痙攣させながらその場に崩れ落ちたのだった。
「いきなりだったから分からなかったが、こいつは目が真っ赤に染まってやがる。魔物化しているのは間違いない」
こいつは幸先がいいことだ。さすがにこれだけ魔素が多いところだと魔物化する確率は格段にあがるのだろう。死体は持ち帰る必要があるので空間魔法のかかっている魔法袋に収納する。その後も数頭の害獣や魔獣を討伐し、ギルドに提出する獲物の討伐証明部位を確保して町に戻ろうと立ち上がった時にその声は聞こえた。
「きゃあ! 来ないで!」
近くの茂みの向こうから女性の甲高い悲鳴が響き渡り、それを聞いた俺はすぐに声の元へと走り出す。
――ガサガサガサ
何が待っているか分からない場所で大きな音を立てて走るのは褒められた行為ではない。だが、俺の勘が急ぐべきだと警笛を鳴らしていたのだ。
ガサリと最後の茂みを払い除け飛び出した先には倒れた一人の少女の姿。その先には大型の熊が仁王立ちをしており、その目は赤く染まっていた。
「熊ってだけでも厄介なのに、よりにも寄って魔獣化していやがるじゃねぇか!」
俺は熊の関心を自分に向けるために手にした槍を奴に向けて投げつける。その槍は立ち上がっていた的へ一直線に飛んでいくと身体に当たる。
「ちっ! かてーな。おい!」
魔獣化した獣は普通よりも攻撃力だけでなくその皮膚も固くなる。投げた槍が深く突き刺さる可能性は非常に低かったがこちらにヘイトを向けるには十分だったようだ。魔獣はぎろりと視線をこちらに向けて大きな咆哮を上げた。
――グオオオオッ!
凄まじい殺気を撒き散らしながら涎を垂らす魔獣がこちらに向かって来ると思われた時、準備していた魔法詠唱が完成した。
「火球!」
俺の放った火の魔法は咆哮をあげる為に開かれた大きな口に飛び込み、その口内を焼いた。
ガフッ
いきなり口内が焼かれ、その高熱が食堂を通って内臓を焼いた。そうして魔獣は身体の内部を破壊されたことによりその場に倒れたのだった。
「おいっ! 生きているか!?」
倒した熊の魔獣には目もくれずに俺は女性の元に走り寄り生死の確認をする。改めて見て分かったことだが、倒れていたのはどう見ても十歳に満たない少女の姿。その事実だけでも十分に驚くべきことだが、少女の耳を見てその特徴的な形に俺は絶句をしていた。
「この子はまさかエルフ族? どうしてこんな場所に一人で居る?」
パッと見た目には大きな怪我は見えなかったため、俺は少女が気絶をしているだけだと判断して魔獣の処理を先に済ませるべく立ち上がったその時、少女の意識が戻るのが分かった。
「……うっ」
小さな声を発してゆっくりと目を開く少女。その瞳はエルフ族の特徴であるエメラルドグリーンをしていた。




