「お前を愛することはない」と言われたのに、旦那様が背後霊化しました①
次の日の昼前、デザーはお願いした通り、使用人をホールに集めてくれた。
「全員そろっております」
「ありがとうございます」
デザーの言葉にホールを見渡す。
人数はざっと五十から六十人くらいか。
多いんだか少ないんだか、分からないな。
と思っていれば、ひらひらとオーバーオールを来た人物が私に向かって手を振っている。
「デンガおじいちゃん!」
庭に出るのを禁止されているから、顔を合わせるのは倒れた日以来だ。
思わず駆け寄れば、デンガおじいちゃんは笑みを深くする。
「倒れたと聞いて、心配しておりましたのじゃ。体調はどうですかの?」
「おかげさまで元気になりました。ありがとうございます」
「それは、良かったですじゃ! コレッティーナ様、これを受けっとてくれんかの……」
布に包んだものをデンガおじいちゃんはこっそり渡してくれる。
「庭で召し上がってた実ですじゃ。無心に食べてたから、お好きなのかと思っての」
「──っ! ありがとうございます!! デンガおじいちゃん大好きです」
「わしも、こんなにも可愛い奥様に仕えられて嬉しいのじゃ。それで、根っこをお茶にするのはいつにしますかの? あれから、同じ根をいくつか掘って干しておるのじゃが……」
な、なんてデンガおじいちゃんは素敵なの!
「胸が高鳴るのを感じる……。まさかこれが恋──」
「んなわけないだろ。それはただの食への興奮だ」
「──っ!! 旦那様!?」
いつの間に、旦那様もホールに来ていたのだろう。
というか、さりげなく背後を取るのやめてほしい。
「デンガ。コレッティーナに何を渡した?」
「な、何のことだか、さっぱり分かりませんのじゃー」
旦那様から視線を逸らし、デンガおじいちゃんはヒューヒューと鳴らない口笛を吹く。
「隠したいのならもう少し嘘が上手くならないと、バレバレだぞ。で、何を渡したんだ? ここまで喜ぶんだ。今後の参考にさせてくれ」
最後の方は、旦那様がデンガに耳打ちしたので聞こえなかった。
けど、これはピンチじゃなかろうか。
「デンガおじいちゃんは悪くありません!」
旦那様とデンガおじいちゃんの間に入り込み、旦那様を睨む。
「別にデンガが悪いなんて言ってない」
「……たしかに」
ということは、旦那様を共犯にすればいいのでは?
だけど、そうなったら数が減る。
すごく嫌だ……。でも、未来への投資だと思って、我慢するしかない。
「デンガおじいちゃん、一つ旦那様にあげてもいいですか?」
「もちろんじゃよ」
私は布から小さな赤い実を一つつまむと、背伸びをして旦那様の口元へと持っていく。
「旦那様、あーんしてください」
「──へっ!?」
「へっじゃありません。あーんです。ほら、あーん」
旦那様がおずおずと口を開いたので、さっと中に押し込んだ。
「どうですか? お口に合いました?」
そう言いつつ、私も一つ食べる。
「…………これ、うまいのか?」
「人によるんじゃないですかね。すっぱいのが好きならいけると思いますけど」
眉間にギュッとシワを寄せている旦那様を見ながら、もう一つ口に入れる。
「私にとっては、貴重な食料なので」
実家でもよく食べていた。
美味しいとか、美味しくないなんて二の次で、食べられるものであるかが重要なのだ。
「なぁ、貴重な食料って、どういう意味だ?」
「言葉通りの意味ですよ。さて、長い時間待たせるのも申し訳ないので、始めましょうか。デンガおじいちゃん、ありがとうございました。大事に食べますね」
デンガおじいちゃんに手を振り、使用人たちの前に立つ。
すると、旦那様が私の隣に来る。
「後ろで見ていてください。手出し不要ですからね」
「分かった」
そう言うと、旦那様は私の真後ろに立った。
いくら後ろで……と言ったといっても、何故にそこ?
ポジション背後霊じゃん……。
まぁ、特に不便もないし、このままでもいいか。
ツッコむのも面倒なので、何か言いたげな使用人たちの視線をスルーし、大きく息を吸う。
「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。コレッティーナと申します。皆さんご存知かと思いますが、カリウス様の妻です」
使用人たちに向かって言い切れば、あからさまに嫌そうな顔をしたのが数名。
まず、そのうちの一人に、実を食べながら近付く。
「あなた、不満みたいですね。理由を聞いても?」
「不満だなんて思っていません」
「そうですか。では質問を変えます。なぜあなたは自分の持ち場を離れて、日に何度も旦那様の執務室のそばにいるのですか?」
「ひどい! 言いがかりです!」
目に涙を溜め、彼女は私の背後霊化した旦那様を見上げる。
「さっさと認めたほうが身のためですよ」
「認めるも何も、そんなことしていません。信じてください」
彼女は旦那様に向かって言う。
けれど、旦那様は何も答えない。
「私は三年も旦那様にお仕えしています。奥様は、嫁いできたばかりじゃないですか。私を信じてくれますよね?」
「いや、俺はコレッティーナを信じる」
「どうしてですか!? 旦那様は奥様を迎え入れるのを渋っていたではありませんか」
「それは、過去の話だ」
淡々と答える旦那様の声は、いつもより低い。
怒ってるなぁ……。
って、当たり前か。自分のものを盗まれたんだもんね。
「で、ですが……。あ、そうだ。証人がいます」
そう言って彼女は後ろを振り向き、気の弱そうな侍女の腕を引っ張る。
「私、いつもきちんと働いてるわよね?」
「え、えっと……」
「セナ?」
「は、はい。いつも働いてます」
セナと呼ばれた使用人の声が震えた。
なるほどねぇ。
おとなしく認めないうえに、無理矢理証言させるかぁ。
うーん、良くない。良くないよなぁ、そういうの。
「もう一度だけ聞きます。本当に真面目に働いてたんですね?」
「当然です」
「そうですか。残念です……。デザー、あれを」
私の言葉に、デザーは万年筆とカフスボタンを持ってくる。
「あ、それ俺のだ」
旦那様の言葉に、彼女は顔色を悪くする。
「これ、見覚えありますよね?」
知らないとは、言わせない。
この二つは彼女の部屋から出てきたものだから。




