手放せない〜カリウスside〜
わ、忘れていた……。
たしかに、結婚した日に養子を取ると言った。
だが、今は養子を取ろうという気持ちがあまり……、いや、ほぼない。
「養子のことだが……」
「はい」
「少し考え直そうかと思っている」
俺の言葉に、コレッティーナはきょとんと首を傾げる。
「養子、やめるんですか?」
「そう……だな……」
「じゃあ、跡継ぎはどうするんですか?」
どくりと、心臓が跳ねる。
……俺の発言は、コレッティーナとの子どもを望んでいるように聞こえる……のか?
「い、忙しいし、時期も含めて養子を取るかどうかから考え直したいんだ」
「あー、なるほど。実は、好きな人がいて、その人との子どもを跡継ぎにしたいとか言われたら、どうしようかと思っちゃいました」
コレッティーナが作り笑いを浮かべる。
普段、見たこともない引きつった表情に、俺の中の何かが軋んだ。
「子をもうけるとしたら、コレッティーナとだけだ!」
…………ん? 俺は今、何を言った?
驚いたように目をまん丸にするコレッティーナの瞳の中には、状況を理解できていない俺が映っている。
「えっと……。私、子ども産みますか?」
「そういう意味じゃない!」
反射でそう答えていた。
「子どもを産んでくれるとしたらコレッティーナだけという話だ。妻だろ!?」
「はい。妻だから、私だけ……」
「当然だ! ただ、それは俺一人で決めることじゃない。夫婦なんだから、跡継ぎのこともコレッティーナと話し合って考えていきたい」
そうだ。
コレッティーナの望みもあるだろうし、俺だけで決めることじゃない。
「分かりました。それ、今考えますか?」
「……こ、今度にしておこう。まずはこの書類を片付けるのが優先だ」
「それもそうですね」
崩してしまった書類を拾っていく。
すぐそばでコレッティーナもせっせと拾ってくれ、あっという間に集まった。
「ありがとな」
「はい。あ、ザールに砂糖水を頼んだままです」
「あ……」
バタバタと足音が聞こえ、ザールが戻ってきた。
「砂糖水です」
息も絶え絶えになっているザールに、もう必要ないとは言いにく──。
「ありがとうございます。でも、もういらないので返してきてください」
「……へ? いらない?」
「はい。旦那様の体調も大丈夫でしたので──」
「ザール! ありがとな。ちょうど、のどが渇いてたんだ」
勢いで飲んだ砂糖水は、砂糖が溶け切っておらず、少しジャリジャリしていた。
***
それから数日が経ち、扉に騎士はいるが、やっと殿下と二人になった。
「殿下、折りいって相談が……」
チラリと護衛を見れば、人払いをしてくれる。
「どうしたの?」
「コレッティーナのことなのですが」
コレッティーナの名前に、殿下に緊張感が走る。
「また何かあったのか?」
「あ、いえ。そうではなく……」
ここ最近に起きた自身のことを話していく。
「おかしいんです。動悸がしたり、手が震えたりして」
「え? うん」
「ありえないですよね。家族で、娘のように思っていて、ずっとこのままでいないといけないのに!」
「それ、誰が決めたの?」
誰? 誰って……。
「俺ですけど」
「うん。じゃあさ、奥方は娘のように思ってほしいと望んでいるの?」
どう、だろうか……。
コレッティーナは、俺に安心感を覚えている。
家族という繋がりを求めている。
「娘のように思いたいのって、カリウスの方なんじゃない?」
強い言葉じゃない。
けれど、ザクリと刺さった。
「俺の方?」
「その方が都合が良かったんじゃないかな。知らないけど」
殿下は笑っている。
その笑みが、あとは自分で考えろと俺を突き放す。
「……お、俺は」
言葉が出ない。
娘のようだと思ったのは、たしかだったはず。
可愛いと、守りたいと、安心してほしいと願ったのも、間違いじゃなかった。
だが、その気持ちは本当だったのか?
殿下の言う通り、俺の都合で娘のように思っていた?
ため息が聞こえて、小さく肩が揺れる。
「カリウスはさ、難しく考えすぎ」
「しかし……」
「大切に想ってるんでしょ。どんなカタチであれ、それは変わらないんだろうから、別に悩むほどのことじゃないんじゃない?」
やれやれといった感じに言われ、情けなくて殿下から視線を外す。
「そんなに悩むなら、離縁しちゃえば? もう奥方のラビソン伯爵家もない。次の嫁ぎ先を見つけてあげて、さよならしちゃえば──」
「殿下っっ!!」
耳を塞ぎたくなるような、大声が出た。
血が沸騰する。
──コンコンコン。
「殿下、大丈夫ですか?」
「あー、うん。問題ないから、大丈夫だよ」
ノックと共に聞こえてきた騎士の声に、殿下はのんびりと返す。
「答えは出てるじゃないか。カリウスは奥方を手放す気はない。そうでしょ?」
すべてを見透かしたように言われ、頷くことも、否定することもできない。
「大声を出して、申し訳ありません」
「いいよ。女性のことで慌てふためくカリウスが見れたからね」
殿下に相談しても、答えは出なかった。
俺がコレッティーナを手放す気がないという事実を突きつけられただけ。
「今まで逃げてきた分、悩むといいよ。キミは、そういう感情を知らないままかと思っていたから、友として嬉しく思うよ」
至極楽しそうな視線に、面白がっているだけだな……と、こぼれそうになるため息を呑み込んだ。




