「お前を愛することはない」と言われたので、食事の対価に労働します
使用人たちを処罰してから、五日目。
ついに旦那様のお仕事を手伝う許可が出た。
やっと食事の対価が払える!
必ず一日三食とおやつが出てくるにも関わらず、私は対価を一度も払っていない。
負債の山積み状態だ。
「よし! 頑張るぞ!」
「ほどほどにな。まだ万全じゃないだろ」
「ふっふっふ……。昨日までの私と一緒にしてもらっては困ります。なんと、今日のお昼にぷりぷりウィンナー解禁です! 完・全・回・復です!!」
おあずけされていたウィンナーちゃん!
噛んだ瞬間にじゅわっと旨味が口の中に広がるマイエンジェル!
ウィンナーのためなら、なんだってできる!!
「というわけで、この書類やら手紙の仕分けからしてもいいですか?」
「あぁ。分け方は……」
「大丈夫です! デザーに聞いてるので、ばっちりです。疑問点が出たら質問しますから」
すぐにでも取り掛かれるよう、ナビレート伯爵家や関わりのある貴族について学んだ。
書類の分類方法も聞いてあるし、旦那様の文字も試しておいた。
細かいことは、都度聞けばいけるはず!
「──旦那様、この手紙のお返事は旦那様からで返してもいいですか?」
「あぁ。夜にでもまとめて書くから、そっちの未処理ケースに入れといてくれ」
ということは、これ全部旦那様が処理するのか。
軽く二十枚はあるなぁ。
「旦那様の字でお返事書けば平気です? 最後にチェックしてもらえれば、いいかと思うのですが」
「……俺の字?」
「はい。筆跡をまねるのは得意なんです。旦那様の字形は頭に入ってるので、問題ありません」
実家ではこき使われるのが嫌だから内緒にしていたけど、負債を支払うために、やらないとだ。
「……とりあえず、一枚書いてもらってもいいか?」
「分かりました!」
って、そんなに見られてると書きにくい!
忙しいんじゃないの?
「か、書けましたぁ」
私の書いた手紙の返事を見て、旦那様は首を傾げる。
「たしかに似てるが、俺の方が上手くないか?」
「そっくりすぎでございます」
「そうですね。ちょっと困るくらい似ています」
デザーと旦那様付の従者であるザールの返事に、旦那様は万年筆を手に取る。
「よし、比べてみるか」
旦那様が手紙を見ながら、同じ内容を書いていく。
「私が書いた意味なくなりません?」
「そんなことない。今後のことを思えば、比べておくべきだ」
とのことで、書き上がった二通の手紙。
それを並べ、旦那様は難しい顔をした。
「俺の方がうまいと思ったんだが……」
「気のせいでしたね。それにしても、奥様の筆跡を真似る技術は見事なものです」
「えぇ。インクのかすれる箇所までご一緒とは……」
そうでしょう!
すごく地味だけど、けっこう使えるかもしれない特技なのですよ!
「旦那様じゃなくてもお返事が平気な書類は、お任せください! あと、陥れたい相手の筆跡も、直筆の書類を何枚か用意してもらえれば書けますので──」
「それはしなくていい」
旦那様に強めの声で否定された。
その後ろでは、デザーとザールが真剣な顔で頷いている。
「駄目……ですか?」
「絶対にな。コレッティーナに悪いことをさせたくない」
「…………相手が先に何かしてきても?」
「そうだ。その場合は、正攻法で潰せばいい」
「正攻法……」
なるほど。
旦那様は正面突破がお好みということか。
「分かりました!」
正々堂々、ぐうの音も出ないほどの正当性を持って、全力で叩き潰すことにしよう。
そう決意して笑えば、旦那様の眉間に深いシワができていた。
「どうしました?」
「……いや。コレッティーナ、この特技を知っている人はどのくらいいる?」
「旦那様たちだけですよ」
「本当だな?」
頷けば、ほんの少し旦那様の雰囲気が和らぐ。
「外では絶対に筆跡を真似できる話はしないように。デザーとザールも、他言無用で頼む」
「もちろんてございます」
「わかりました」
……えっと、何がそんなにまずいんだろう?
そう思っていれば、旦那様の視線が再び私に戻ってくる。
「コレッティーナ、さっき筆跡を真似して他者を陥れられると言ったよな? だがそれは、他者だけじゃなく、国も陥れられる」
「…………え?」
どういう……こと?
「コレッティーナさえいれば、いくらでも他人を装って手紙や書類が作れるからな」
「──っ」
ヒュッとのどが鳴る。
まさか……と言いたいけれど、ここには前世のようなセキュリティもなく、本人確認は基本的にサインとなっている。
筆跡がまったく同じなら、悪用仕放題だ。
「筆跡をマネするのは、この部屋で俺がいる時だけにすると約束してくれないか」
「はい」
旦那様は小さく笑い、手招きをした。
「コレッティーナ、おいで」
「何ですか?」
「いい子には、お菓子をあげような。昼前だから、一つだけだぞ」
旦那様は引き出しを開け、薄い白い包みに入ったお菓子をくれる。
「キャラメルだ!」
ポイと口の中に放り込めば、甘さの中に、ほんの少しのほろ苦さが広がっていく。
「おいひー!」
噛むと奥歯にくっついちゃうので、舌の上で転がす。
「頑張ったから、なめ終わるまでコレッティーナは少し休憩な」
「へ!? まだ一時間もやってません」
思わず抗議の声をあげれば、微笑ましいものを見る眼差しを向けられる。
「キャラメル、味わわなくていいのか?」
「……なめ終わっはら、頑張ります」
「そうしてくれ」
くすくすと笑いながら、旦那様は仕事を再開した。
キャラメルを楽しみながら、デンガおじいちゃんと相談中の庭について、考える。
伯爵家のお庭だし、綺麗な花が咲く方がいいよね。
綺麗な花といったら、オクラかなぁ。ハイビスカスっぽいし。あとは、ナスとピーマン、カボチャもありだな。
それから──。
「──そうか。今年は風の影響で傷物が多いか。残念だが、処分しかあるまい」
「承知いたしました」
ん? 処分?
聞き違い……なんてことはないよね。
「はいっ!!」
聞き捨てならない会話に、ビシッと手を上げ、旦那様たちを見る。
「それって、果物の話ですよね? 傷物は加工して販売しないんですか?」
「加工?」
「はい。ジャムやジュース、それからお菓子に使ったりとかです」
捨てるなんてありえない!
傷物だって、味は同じなんだし、形を変えちゃえばいい。
もしそれも駄目なら、買いに行って、私が自分で加工しよう。
一つだって、無駄にさせない。




