第六話/カニバリズム
数日後。
科警研第二課オペレーションルームに、群馬大学法医学教室および科捜研合同の詳細報告書が電子送信された。
件名は簡潔だった。
「群馬廃工場菌床化遺体事案・最終鑑定報告」
だが、その内容は決して簡潔ではなかった。
■第二課オペレーションルーム
大型モニターが淡く発光する中、片瀬は無言で端末を操作していた。
報告書は生物学的解析、毒性分析、組織病理、遺伝子配列比較、代謝プロファイル、胃内容物検査、微細切痕分析に至るまで、数百ページに及んでいる。
「全部読み込ませます。」
片瀬の声はいつもより低い。
蛇の目の演算コアが起動音もなくデータを吸い込んでいく。
数日分の遺伝子シークエンス解析。
菌糸の成長曲線。
被害者の血液中ビタミンB群濃度推移。
カリウム異常値の変化パターン。
筋組織の脱水率。
遺体表面の微細な刃物様切削痕。
すべてが一本の線へと統合されていく。
秋山慎一郎は腕を組み、モニターを見据えたまま短く言った。
「これらのデータから予測される犯人像を提示しろ。」
命令は曖昧ではない。
蛇の目は命令文の意図を補完する。
――犯行動機推定
――行動パターン予測
――再犯確率
――心理的プロファイル構築
モニターにアナグラムが流れ始めた。
無数の文字列が組み替えられ、関連ワードが接続され、確率値が弾き出される。
【菌床化】
【持続的管理】
【生体栄養制御】
【切除痕】
【回収行為】
演算が続く。
そして――
沈黙。
蛇の目が“考えている”ように見える時間は長くない。
だが今回は、数秒が異様に長く感じられた。
やがて、解析結果が表示された。
■重要所見
・ニオウシメジ亜種の傘部に人工的切除痕を確認
・菌体成長のピーク後、定期的に収穫された形跡
・収穫後、再成長が確認されるサイクルを複数回推定
・菌体断面から検出された微量の唾液酵素(ヒト由来)
室内の空気が止まる。
渡辺が最初に声を出した。
「……収穫、って……」
秋山は目を細める。
「つまり?」
蛇の目は冷静に結論を表示した。
■行為分類予測
本事案は
【人体を菌床とした持続的菌類栽培行為】に該当。
目的行動推定:
【摂食】
行為分類:
【カニバリズムの亜種】
言葉が、重く落ちた。
通常の食人ではない。
直接肉体を食すのではない。
だが、人体を培地とし、そこから生成された菌類を摂取する行為。
それは明確に――
人間を食料化している。
恵美は視線を落としたまま、静かに言った。
「人間を使ってキノコを栽培して……収穫して……食べている。」
誰も否定しない。
問題は、ここで終わらなかった。
報告書の末尾には、さらに異様な分析があった。
菌体断面から検出された酵素は、
複数の個体由来の可能性がある。
つまり――
恵美が不意に顔を上げた。
「自分で食しているだけならいいけど……もしかして……」
その言葉を遮るように、秋山と渡辺の声が重なった。
「他人にも食べさせてる可能性があるな。」
沈黙。
蛇の目が追加予測を表示する。
■拡張行動モデル
犯人は
【単独摂食型】よりも
【共有型儀式化行動】の確率が高い。
理由:
・持続的栽培サイクル
・切除痕の均一性
・菌体サイズの選別傾向
・複数由来唾液酵素の可能性
行動心理予測:
【罪悪感の希薄化】
【共同体形成による正当化】
【禁忌の共有による結束強化】
室内の誰もが言葉を失った。
これは単独犯の倒錯ではない可能性がある。
人間を菌床にする。
育てる。
収穫する。
分け合う。
その行為が、もし“共有”されているなら。
それは食人の隠蔽ではない。
儀式化された再定義だ。
片瀬が呟いた。
「蛇の目の予測だと……参加者がいる。」
秋山の声は低く、硬い。
「人数は?」
表示が更新される。
推定共有者数:
2〜5名(確率68%)
恵美は唇を噛んだ。
「被害者を増やすためじゃない……
共有するために増やしてる可能性がある……」
それは、連続殺人の枠を超えている。
これは供給。
消費。
共同摂取。
蛇の目は最後に一文を提示した。
■将来予測
犯人は再犯する可能性が極めて高い。
理由:
本行為は
【生理的欲求+儀式的満足】の複合型依存行動であるため。
オペレーションルームは静まり返っていた。
誰もが理解している。
この事件は、
殺人の異常性を超えている。
それは――
食文化の歪み。
そして。
もし既に“食べた者”が存在しているのなら。
その者たちは、何を知っているのか。
何を感じたのか。
そして――
次も、求めるのか。
秋山がゆっくりと顔を上げた。
「流通を洗え。」
その一言で空気が動いた。
「飲食店、個人販売、地下コミュニティ、SNSの限定グループ。
“天然物”を売りにしてる場所を全部だ。」
蛇の目の演算が再び走り出す。
禁忌は、
もう一人の犯人を生む。
そして今、第二課は理解していた。
この事件の本質は、
単なる猟奇ではない。
共有された欲望だ。
モニターに映る無機質な文字列の向こうで、
まだ見ぬ“共犯者たち”の影が、確率として揺れていた。




