表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/46

あなたが私の最後の夫です

 エウリとオルフェの結婚式当日。


 この日は、エウリの十八歳の誕生日でもある。


 誕生日と結婚式が同じ日だから、別の日にしようかという意見もあったのだが、エウリはあえてこの日にしてもらった。


 エウリの運命の転機は、誕生日に起こるから。


 母が亡くなったのは三歳の誕生日だった。


 養父母と出会ったのは五歳の誕生日だった。


 アリスタとの結婚式は十六歳の誕生日だった。


 そして、今日、十八歳の誕生日に、母が唯一愛した男性と再婚する――。





 サムシング・フォー。


 身につけると花嫁が幸せになるという四つのもの。


 ひとつは新しいもの。それは、エウリが身に纏っている真新しいウェディングドレス。


 ひとつは古いもの。それは、ミュケーナイ侯爵家に代々伝わる白金と金剛石で作られた美しい髪飾り。結い上げたエウリの髪を飾っている。


 ひとつは青いもの。それは、花嫁であるエウリ自身の青い瞳。


 ひとつは借りたもの。それは、「エウリュディケ」という名前――。


 エウリが生涯名乗る借り物の名前――。





 教会の扉を開けると歩道を彩るのは満開の桜並木。風に時折、花びらが舞っていた。


 美しい景色、親子ほどの年齢差はあるものの、誰もが見惚れる美しい花婿と花嫁。


 そして、感嘆の眼差しで祝福してくれる参列客。


 傍目には、エウリは誰よりも幸せな花嫁に見えるだろう。


 けれど、これ(・・)を味わうべき人は、本当はエウリではなく――。


「……とうとう、お母様の年齢に追いついてしまいました」


 十八歳――それは、母が亡くなった年齢でもあるのだ。


「エウリ?」


 自分にしか聞こえないように言ったのが分かったのだろう。オルフェは怪訝そうに隣にいるエウリを見た。


「……本当は、今あなたの隣にいるべき人は私ではなくお母様で、あなたもお母様にこそ隣にいてほしかったのですよね」


 それは、疑問ではなく確信だ。


「……過去は変えられない。私とミュラが一緒になる未来を選択していたら、そもそも君は生まれなかっただろう」


「……分かっています。それでも、つい、そう思ってしまうのです」


 今、自分の夫となった彼が他の誰でもない母が唯一愛した男性だから――。


 エウリとオルフェの幸福を最期まで願っていた母。本当の意味で夫婦になったとしても母なら祝福してくれるのは分かっているが。


「……私は、これからどんどん歳をとって、あなたの記憶の中にいるお母様の面影を見る事はできなくなります」


 そもそもオルフェが憶えているのは十五歳の、まだエウリを身ごもる前の母だ。今現在でさえ母とエウリは似ていても多少の差異はあるはずだ。


「君の姿にミュラの面影を見ていたのは確かだ。だが、今は、ミュラの娘ではないエウリという一人の女性を見ているつもりだ」


 恋愛感情の告白ともとれる科白だが、エウリは勿論、誤解などしない。オルフェはただ単に「ミュラとエウリが違う人間だというのは分かっている」と言いたいのだ。


「君は私の家族だ」


 家族――今のオルフェは、エウリをそう(・・)思ってくれているのだ。


 唯一愛した女性の娘だからではなく、「白い結婚」でも夫婦になった以上は家族なのだと――。


「長生きしてくれ」


 オルフェは真摯な顔になった。


「オルフェ様?」


「その美しい金髪が白くなり、その美しい顔に皺やシミができるほど長生きしてくれ。絶対に、私より先に死ぬなよ」


 最愛の女性(ミュラ)に先立たれた。彼女の娘(エウリ)にまで先に死なれたくないのだ。


 エウリはオルフェの息子(ハーク)と同い年だ。普通に考えれば彼より先に死ぬ事はありえないのだが。


「では、あなたも、私の大好きなその御姿がしわくちゃの老人になるほど長生きしてください」


 母に先立たれたのはつらかった。親が子より先に死ぬのは分かっている。


 だが、それでも、大切な人の死は心に虚無を生むのだ。


「お母様の面影を見られなくなってもいいと思うほど私に長く生きてほしいなら、あなたも長生きしてください。(あなた)に先立たれて長くこの世に残るのは嫌ですから」


「君なら、いくらでも新たな夫が見つかるだろう。いや、私と結婚していても相愛の男が見つかったら、いつでも離婚する心づもりだから遠慮しなくていい」


 花婿が口にすべき科白ではないが、オルフェはずっとそう思っていたのだろう。エウリが男性に対する嫌悪と恐怖を克服して相愛の男性と巡り会えば円満に離婚するつもりなのだ。


 オルフェとしてはエウリには自分の息子(ハーク)と結ばれてほしかったのだろう。けれど、ハークでなくてもエウリと相愛の男性なら誰であれ心から祝福するつもりなのだ。


「もう再婚はしません。あなたが私の最後の夫です」


「未来は、どうなるか分からないがな」


 確かに、オルフェもエウリも自分達が結婚するとは思いもしなかった。


 未来は誰にも分からない。


 だからこそ、今この時を精一杯生きなければ。


 ――あなたは自由に生きて。


(ええ。お母様。私は、これからも貴女の望んだ通り、自由に幸せに生きていきます。あなたが唯一愛した男性と一緒に)


 エウリが空を見上げると、彼女の瞳と同じ、雲ひとつなく晴れ渡った澄んだ青が広がっていた。


















完結です!

読んでくださり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ