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Never Ever(本編)  作者: 一葉
第二話:誤算
14/26

始まり

   2496年8月7日夜

   クランベル城にて






ヘスラーは明かりの中、部屋の端に設置された机に向っていた。

ペンを握り、何かを書きつけている。

その真後ろ。部屋の入り口である扉の前に、何の前触れも無く一人の男が現れた。

全身黒尽くめで、右手に大型のナイフを握っている。

目元はサングラスに隠されている為、表情が読み取れない。


「一番手はお前か?」


オルヤード・ジュピトリスはヘスラーの問いには応えず、無言のままナイフを構えた。


「名乗りもせんのか。

 ま、それも良かろう。」


ヘスラーは、立ちあがると脇に置いてあった剣を握り、鞘から引き抜いた。


「来い。」


ヘスラーの言葉に反応するかのように、オルヤードが動いた。

スッと状態を屈めたと思ったら、一瞬でヘスラーの懐に潜りこんだ。

ヘスラーはそれを待ち構えていたようで、右上段から剣を振り降ろした。

しかし、オルヤードはヘスラーの剣を左手の甲で受けると、右手のナイフをヘスラーの首めがけて振った。

ヘスラーは上体を反らしてそれをかわすと、オルヤードに肩から体当たりをかけて無理やり間合いを開けた。

そして、今度はヘスラーの方からオルヤードに向って突っ込んで行った。

が、その眼前にナイフが飛んで来る。

オルヤードのナイフだ。

ヘスラーが突っ込んだ所にカウンター気味に投げたのだ。

ヘスラーは舌打ちして、剣でナイフを弾いた。

しかし、オルヤードにはその一瞬で十分だった。

ヘスラーがナイフを弾いた瞬間、オルヤードはもう一本のナイフを取り出し、ヘスラーの胸へと飛び込んでいた。

オルヤードのナイフは、ヘスラーの胸を突き抜け、背中へと顔を出していた。


「・・・・・名は?」


ヘスラーの口から擦れたような声が搾り出される。


「・・・・・・・・・・オルヤード・ジュピトリス」


「ふむ・・・良い名だ・・・・・見事だ・・・った。」


オルヤードがナイフを引きぬくと、ヘスラーはそのまま床に倒れた。

既に息は止まっている。

オルヤードは剣を鞘に戻すと、音も無く部屋から消え去っていた。

これが、北部アトラス連合を長年支えて来た男の最後だった。






屋根の上では、緊迫した空気が流れていた。

レジィもシルフェも決定打が無く、さらには迂闊に動く事も出来ず、お互いに身動きが取れないでいた。

二人は相手の隙を突く為に、無言で睨み合っていた。


「引き揚げるぞ。」


突然発せられた声に、二人共がそちらに顔を向ける。

その時には、オルヤードは既にシルフェの間合いの中にいた。

シルフェはオルヤードの攻撃を剣で受けるのが精一杯だった。

が、受けた瞬間、オルヤードは左手のナイフでシルフェを抑えながら右手に持ったナイフを突き出した。

シルフェはかわせない事を瞬時に悟り、自分から左手を突き出した。

正確に心臓をえぐるはずだったナイフは、シルフェの腕を突き抜け根元まで深々と刺さった。

シルフェは力で強引にオルヤードを突き放すと、2、3歩下がった。

そこに、レジィの鋼線が襲って来る。

体中に巻き付いて、シルフェを斬り刻もうとする。

鋼線を斬り捨てようとした所に、左手に刺さっているナイフが邪魔になり、少してこずってしまった。

鋼線が肉に食い込んで来るのを、右手の剣を強引に振って斬った。

しかし、無理な態勢で剣を振ってしまったために、バランスを崩し、足を踏み外してしまった。

シルフェは闇に沈む中庭へと、真っ逆さまに落ちて行った。

それを見届けて、オルヤードとレジィは月明かりの中に消えて行った。






   2496年8月8日明け方

   ネイピア、ライジング・ヒル城にて






ヘスラー王崩御の知らせは、その夜のうちにネイピアまで届いていた。

ネイピアでは、明け方に全ての官が召集され、会議が催された。

会議は昼になっても夜になっても一向に進展しなかった。

ホワイトサイドの問題、ギルギットの動向、北部アトラス連合の運営、更には国内の諸問題、等々。

どれを取ってみても、満足のいく話し合いにはならなかった。

まとめ役を欠く会議は、ただ時間を浪費するだけで何も生み出さなかった。

ネイピアの人間が、ヘスラーの存在の大きさを改めて実感するのに、さしたる時間は必要としなかった。






   2496年8月10日

   ギルギット帝国、ギリア城にて






その部屋は華美ではないが、極上の品が揃えられていた。

中央に置かれた巨大な机の上には様々な書類が積まれ、机の主の小さい体をすっぽりと隠してしまっている。

その机の脇に、二人の黒尽くめの人間が現れる。

二人は静かに膝を突くと、声をかけられるのを待った。

シーリスは何も気付かないかのように書類に目を通している。

シーリスの側に控えていた秘書のラルフィエが、みかねたように主に声をかけた。


「リオル様、B/Mの御二人がおいでです。」


「わかっています。」


書類から顔を上げる事無く、シーリスはラルフィエに答えた。


「大人しく控えているのだから、問題無しと言うことでしょう。

 ならば、急いで問う事もありません。」


「はぁ・・・。」


ラルフィエは困った顔をしたが、とりあえずは控えておく事にした。

シーリスは暫く書類と格闘をしていたが、サインを終えた書類の束をまとめてラルフィエに渡すと一息ついた。

そして、椅子を回してオルヤード達の方を向く。


「それで?」


「ネイピアは暫く荒れると思われます。

 残るはパブロダールですが・・・」


はぁっ、とシーリスがため息をつく。


「色々考えたけど、手を出さないことにします。

 手を出せば、逆に介入の機会を与える事にもなりかねませんからね。」


シーリスは一瞬何かを言おうとしたが、思いなおしたのか小さく顔を振ると椅子を蹴るようにして立ちあがった。


「ご苦労様、暫くは休んでいて良いわよ。」


二人は一度礼をすると、立ち上がって静かに出て行った。

シーリスは部屋の南側に設えられた窓の所まで行くと、何を見るでもなく庭を眺めていた。

その複雑な表情からは、何を考えているのか読み取る事は出来なかった。

暫く何も言わずにいたのだが、ポツリと呟いた。


「始まるわね。」


そして、何事も無かったかのように机に座り、再び書類に目を通し始めた。






5日後の15日。

国境に展開していたギルギット兵は、隣国リーヴスへと侵攻を開始した。

全ては始まってしまったのだ。

回り始めた「時の歯車」を止める術を持つものは、一人として存在しなかった。



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