第45話 揚羽の疑問
「重久様……少し、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
揚羽は静かに歩み寄り、畳に座す重久の傍らで足を止めた。その声には、抑えきれぬ驚きと戸惑いが滲んでいる。
「何じゃ、何が聞きたい?」
重久は視線を外すことなく、淡々と応じた。
その眼差しの先――
道場の中央では、隼斗と龍馬が激突している。
常人の目では到底追えぬ速度。踏み込みも、打撃も、すべてが一瞬のうちに交差し、残像だけが幾重にも重なっていた。
揚羽はその光景を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「正直に申しまして……。この光景には、驚きを隠せません」
言葉を選ぶように、一つ一つ丁寧に紡ぐ。
「龍馬様は、人知を超えた強さをお持ちです。これまで、龍馬様と同年代で――本気で渡り合えるお方は、ただの一人もおりませんでした」
一度、息を整える。
そして、その視線を戦いの中心へと向けたまま、続けた。
「ですが今……。龍馬様は、本気で闘っておられる」
わずかに声が震える。
「それも――同い年である天道隼斗様と、互角に」
その言葉には、驚愕と、そして理解できぬものへの問いが込められていた。
「何故……。隼斗様は力をお持ちながら、一度も武術大会へ出場なさらなかったのでしょうか?」
静寂が、わずかに落ちる。
やがて――
「ふん……そんなことか」
重久は小さく鼻を鳴らした。
一つ、深く息を吐く。
「あやつにはな……“欲”がないのじゃ」
低く、重い声音。
「己が他の武術家よりも強くありたい、という欲がな」
その言葉は、どこか呆れを含みながらも――同時に、わずかな諦観を滲ませていた。
「勝ちたいとも、名を上げたいとも思わん。ただ……気の向くままに、鍛え、闘う」
重久の目が、細められる。
「ゆえに、表には出ぬ。あやつにとって、武術大会などは興味の外なのじゃろう」
再び視線が、戦いへと戻る。
その中央では――
なおも、隼斗と龍馬の激突が続いていた。
音すら置き去りにする攻防。ぶつかり合う力と技が、空気を震わせ、空間そのものを歪ませる。
それはもはや、“試合”などという枠には収まらない。
ただ純粋に――
強者と強者が、互いを削り合う、極限の闘いだった。




