夢の残像と、噛み合わない再会
朝。机の上にはポツンと、千円札が一枚。
――今日も、家に「おはよう」はなかった。
(お母さん、大丈夫かな……。ちゃんと寝れてるのかな)
時計を見ると、心臓が跳ねた。やばい、遅刻する!
急いで家を飛び出し、なんとかホームルーム前に教室へ滑り込む。
学校は嫌いだ。甘いものも食べられないし、お菓子も禁止。
何より、勉強も、友達作りも、グループでの話し合いも……私はいつも、みんなから少しずつ遅れてしまう。
いつの間にか、私のあだ名は「不思議」になっていた。
不思議なのは周りの方だ。勉強ができないだけでバカ扱い。先生に相談しても「サボってるんじゃないのか」と決めつけられる。
話し方や態度が気に入らないという理由で、いじめられたこともある。
前よりはマシになったけれど、やっぱり私は、何がダメなのか分からないまま。
放課後、千円札を握りしめてスーパーへ行き、半額になったお弁当を買う。
家に帰ると、玄関には靴があった。
「お母さん、帰ってきたの……? お母さーん!」
「うるさいなぁ! 何?」
「……ううん、なんでもない。レシートとお釣り、ここに置いておくね(ニコッ)」
私は、自分でも驚くほど自然に「笑顔」を作った。
温めたお弁当を、自分の部屋で一人で食べる。
お母さんを怒らせるつもりなんてなかった。ただ、今日あったことを、誰かに話したかっただけ。
でも、お母さんは疲れてるんだ。休ませてあげなきゃ。
自分に言い聞かせて、スマホで大好きなアニメ『聖女の陰に隠れた月』を開く。
「フェリシアちゃん……!」
画面の中で、冷たい運命に抗う彼女。その姿に、私はいつも勇気をもらっていた。
なのに、物語は進むごとに彼女を追い詰めていく。
「フェリシアちゃん! 頑張って、フェリシアちゃん……!!」
――ガバッ、と体を起こした。
ズキズキと頭が痛む。
「……夢?」
辺りを見渡すと、そこは見たこともない部屋だった。保健室? それとも病院?
どちらにせよ、あのアパートの私のベッドではない。
「お体は大丈夫ですか?」
声のした方に顔を向けると、四十代くらいの男性が立っていた。お医者さんだろうか。
体は痛くない。ちょっと大袈裟だなぁ、と思いながら答える。
「大丈夫です」
「……そうですか。では、お呼びするので少々お待ちください」
(お呼びする!? まさか、お母さんに連絡!?)
「待ってください!」
慌てて呼び止めると、男性は不思議そうに立ち止まった。
「なんでしょうか?」
「あの、私、一人で帰れます! だから大丈夫です!」
「はい……?」
「いや、だから、本当に一人で帰れますから」
男性の目が、だんだん困惑に染まっていく。
……この人、何を言ってるんだろう? 糖分が足りなくて、頭が回ってないのかな。飴ちゃんをあげたいけど、今は持ってないし。
私が悩んでいると、男性は焦ったように言った。
「報告しないと、私が罰せられてしまいますので……! すみません!」
彼は勢いよく部屋を飛び出していった。
報告しないと罰せられる? そんなルール、初めて聞いた。無理を言って悪かったな、後で謝ろう。
すると、すぐにドアが開いた。
戻ってきた医師の後ろから、知らない男性が二人、入ってくる。
一人は、透き通るような青い髪の男性。私と同い年くらいだろうか。
もう一人は、眩しい金髪の少年。私より年下に見える。
二人とも、アニメに出てくるような豪華な服装をしている。……貴族?
今の学校では、こういう格好が流行ってるんだろうか。
沈黙が流れる中、青い髪の人が口を開いた。
「フェリシア様。先日は……倒れるとは思っていなかった。無理をさせてすまなかった。申し訳ございません」
「……はい?」
「「え?」」「なんだ……?」
私の返事に、そこにいる全員が固まった。
……え、今、この人なんて言った? フェリシア様?
「……あの、今、私のこと『フェリシア様』っておっしゃいましたか?」
「……そうだが?(困惑)」
瞬間。
頭の中に、これまでの記憶が濁流のように流れ込んできた。
そうだ。
私、アニメの世界に入れ替わって、牢獄から出されて、それで……。
「えええええええーーーーーー!?」
私の絶叫が響き渡る。
目の前の二人は、信じられないものを見るような目で、お互いにアイコンタクトを交わしていた――。




