13. ハッキング
セツナが手に入れたボディで一通り遊んだ後、蓮は警察の電脳にその駒を進めようとしていた。狙うはデータベース上に存在する行政長官の情報。公務予定や支援者リスト。頂点にいる者達に風穴を穿つことのできる情報だ。
蓮は機械腕から伸ばした端子ケーブルを家庭用端末に挿入し、電算機の見せるVR空間へと飛び込んだ。
視界に幾重にも電気信号が走った後、格子線の引かれた空間へと降り立った。
「良いか? ここからは失敗すれば即終了だ。勝手な真似はせず、俺の指示に従ってくれ」
傍らでゆらゆらと浮かぶセツナに声を掛ける。
『問題ない。というか、いつもお主の言うことを聞いておるじゃろ』
「どの口がほざくのかな? さっきお前何してた?」
軽い眩暈を起こしそうになる蓮。
しかしセツナも連れて行かざるを得ない。防壁破り(アイスブレーカー)だけでなく、彼女の持つプログラムは一級品の品々ばかりで使わない手はないからだ。
警察の電脳に踏み込む前にまず準備を整えることにする。
蓮は〈偽装(カモフラージュ〉、〈改竄〉プログラムを起動し、VR空間上で自分の分身が他者から認識されないように加工した。次いで〈遮断〉、〈防壁解析(アイススキャン〉、〈探査〉プログラムを待機状態にし、緊急時の対応や探索の自動化を行う。
「よし……行くぞ!」
抜かりなく装備を整えた蓮は〈追跡〉プログラムによる逆探知を防ぐため、中国などの国外サーバーや電脳をいくつも経由してから、踏み台と化したPDAへとアクセスする。
例の悪性プログラム(マルウェア)が作成した裏口を使用し、更に深い階層の電脳へと侵入する。
『しかし、スゴイのう。いとも簡単にこんなところまで潜り込めるとは』
目まぐるしい速度で周囲の仮想空間が変わる中、肩に乗る程に分身の縮尺を小さくしたセツナはぼそりと呟いた。
「ハッキングは例えるなら城攻めに似ている。城壁を壊して中に入るよりも、内部の人間に手引きしてもらった方が楽だろう? 今やってるのもそれと同じだ」
踏み台にしたPDAの電脳は管理者権限を奪取している以上、蓮の指示に従う協力者のようなものだ。内通者が居れば、どれだけ堅牢な城壁でもその意味をなさない。
「裏口は管理者の知らないアカウントを作成する。簡単に言うと、城の中や外に誰も知らない出入り口を勝手に作っておく……ってところかな」
『なるほど。じゃから、バレることなく侵入できるんじゃな』
小さくなったセツナは蓮の頭の上へとよじ登り、フムフムと頷く。
蓮は警察内の電脳をいくつも経由して、件のデータベースへとアクセスした。仮想空間上には入り口となる大きな扉が立ちはだかり、近づくとパスワード入力を求められた。
沢木のPDAに保存されていたパスを当て嵌め、中へと歩を進める。
データベースは国会図書館のように本棚がズラリと並び、それ以外には何もない無味乾燥とした世界になっていた。備えられていた検索システムを利用し、行政長官や関係者の情報を探す。
制御用の操作卓のキーを叩き、目標のファイルが保存された区画へと滑るように風景がスライドした。
辺りを見回すとセキュリティ用の電脳精霊が巡回していることが遠目から確認できた。
「セツナ、頼めるか」
『あのガードマンを防壁破り(アイスブレーカー)で倒せばいいんじゃな』
「ああ。でも壊すのは防壁だけだ。消去すれば管理者に異常信号が行くから、そうならないよう手心を加える」
承知したセツナは防壁破り(アイスブレーカー)を起動し、警備ナビへと赤い閃光を撃ち放った。先端がアイスピックのように突き刺さり、機能不全を起こしたナビは激しく痙攣する。
蓮は〈改竄〉プログラムを間髪入れず走らせ、ナビが自分達を異常だと認識しないようスクリプトを書き換えた。
するとナビは何事もなかったように再起動し、蓮達の真横を素通りしていった。
満足そうに首尾を確認した二人はお目当ての文書が格納されたファイルを取り出す。分厚い百科事典のような本を手に取ると、文章の羅列が窓に浮かび上がる。
そこには望んだ通り、行政長官をはじめとした要人の公務予定、それに関わる警察や巨大企業の警備や活動についても詳細に記載されていた。
中身を確認した蓮は足がつかないよう専用のソフトを使ってファイルを複製する。ものの数秒で作業は完了し、あとは電脳の履歴を改竄してからジャックアウトするだけになった。
しかし蓮は何を思ったのか区画を再び移動し、他にも何か調べ始めた。
『おい、まだ何かあるのか? もう目的のモノは見つかったんじゃろ?』
「そうだけど、気になることがあってね。銀行強盗の時、犯人達が第二目標と定めて何か探していたこと……覚えてるか?」
『ああ、そう言えばそんな事言っておったな? それに関することか?』
セツナの問いに蓮は頷いてみせ、操作卓を操作する。
「奴らの電脳を盗み見てその目的が分かった。彼らが探していたのは相馬英寿という人物の情報で、銀行を襲ったもう一つの理由は貸金庫や電脳に保管してある彼の個人情報だったんだ」
『ほう、初めて聞く名じゃがそいつは何者じゃ?』
疑問符を浮かべるセツナに対し、蓮は作業を進めつつ説明を加えた。
「相馬英寿。巨大企業の一角であるセンダイ・グループの役員で第一階級に属している。行政府に太いパイプを持っていて……何より行政長官の最大支援者だ」
仰々しい肩書に加え行政長官の支援者であると聞き、セツナは目を丸くした。
相馬は行政長官の右腕とも言われ、テレビや電子媒体にも度々登場している。
蓮は彼が何かしら後ろめたい事柄に関わり、銀行強盗達はそれをどこからか聞きつけ、今回の犯行に及んだのだと考えている。巨大企業は裏社会にも影響力を持ち、黒い噂は絶えることがない。故に役員である相馬も相応の業を背負っているはずだ。
「今探しているのは、逮捕された犯人達の取り調べ記録。彼らの一連の行動や詳しい目的が分かれば、相馬について何か分かるかもしれない」
蓮はここ数日間で起こった事件の記録から例の銀行強盗事件について検索した。『セントラルバンク立て籠もり事件』と書かれたファイルを見つけ、タッチして中身を展開する。
傍らに控えるセツナは繁々と文書を読み始めた。
『ええと……セントラルバンクで起こった立て籠もり事件は二十二名の第三階級によって引き起こされ、従業員や客が人質となった。犯人達は行政長官との交渉を要求するも原因不明の悪性プログラム(マルウェア)によって全員が昏倒し、事件は解決するに至った。しかし――』
二人は次の文面の内容に息を呑んだ。
『――護送車に乗った犯人達は警察への移送中、隠し持っていた爆弾によって自決を計り、その後全員の死亡が確認された』
事件は被疑者死亡のまま後日書類送検されることが決定済み、と文書には書かれている。
自殺というワードにまず驚くが、蓮は瞬時にある疑念を抱いた。
「犯人達が自殺したなんて一切報道されていない。警察が……いやそれとも行政府が発表を伏せているのか? 一体どうして?」
『ここに書いてある通り、組織の情報を漏らさないよう自ら命を絶ったんじゃないのか? 残酷だがよくある話だと思うが?』
「いやクラックしたから分かるが、彼らは自決を図れるような状態じゃなかった。それぐらいのダメージを与えたんだ。つまりこれは自殺じゃなくて何者かに口封じのために殺されたと考えるべきだと思う」
自殺ではなく殺人だ、と聞いたセツナは戦々恐々とした表情を浮かべた。
『だったら、一体誰がそんなことを?』
何者が彼らの命を奪い口封じを行ったのか。
蓮はその問いに答える術がなかった。