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ようこそ我が電脳叛逆(サイバーパンク)へ  作者: カツ丼王
第二章 侵入(クラック)
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14. 対面

 皇桜は父であり行政長官でもある皇宗助と二人で生活している。居を構えているのは第一区シティに位置するタワーマンション、その最上階から五フロアを占有する豪邸である。家政婦や警護が常に出入りし実質の所は完全な二人暮らしとは言えないため、桜はその不自由さから不満を感じていた。


 今日は星環せいかん学園での授業を終えた後、警察にも顔を出しており、疲れを感じていた桜は浴室で汗を流していた。


 湯に浮かぶ白くきめ細かい肌、流麗な肉体と程よく育った胸の膨らみは、母譲りの美貌と言えた。肩に掛かる濡れた髪は白金プラチナブロンドの宝石のようである。


 鏡に映る自分の体を眺め、桜は自分が女であることを自覚する。


 しかし当人は女性的な魅力よりも実用的な能力を求め、肉体の一部を機械化オーグメンテーションしようと考えた時期があった。その時は父とひと悶着を起こしたものである。


(そう言えば、彼は左腕を機械腕サイバーアームに換装していた……)


 ふと霧崎蓮のことを思い出した。沢木から聞いた話では彼は立派な技術者になって家族を養えるようになりたいらしい。この間も彼は妹へのプレゼントを購入するため、中央銀行に寄ったのだそうだ。


 彼が家族思いだと知った時、嬉しかったと同時に複雑な思いに駆られた。


 第三階級でありながら星環せいかん学園へと入学し、ついこの間は銀行強盗にたった一人で立ち向かった。彼がこれまで歩んだ道にはどれだけの困難が立ち塞がっていたのだろうか。第一階級に生まれ、恵まれた生活に身を置いてきた自分には想像もできない。


 浴室から出た桜は体を拭き、客人を迎えるための部屋着に着替えた。


 もう少しすれば件の少年が宗助に会いに来ることになっている。きっと彼は緊張するだろうが、この時間が少しでも良い記憶になってくれれば、それは願ってもないことだ。


 応接室で準備を整えていると、警護の者から彼が来たという連絡がPDAに届いた。


「お父様、霧崎君がいらしてくれたようです」


 ARを通して宗助にそう伝え、桜は玄関のドアを開いた。


「こんにちわ、皇さん。今日はその、お招きいただいてありがとうございます」


 畏まった態度の蓮は敬礼するように頭を下げる。


 やや滑稽とも言える彼の姿に桜は微笑む。


「そんなに固くならなくて大丈夫です。それとその呼び方だと父と被ってしまうので、私のことは桜と呼んでもらって構いません」


 桜の申し出に目を丸くして驚く蓮だが、構わず話を続ける。


「私も蓮君、と差し支えなければ呼ばせて頂きますから……よろしいでしょうか?」

「はあ……皇さんが、いや桜さんがそう言うなら……」


 どういう考えが彼の中で行われたのか分からないが、蓮は恥ずかしそうに頭を掻く。


 自分でも今の言動は少し不思議だ。男の子に対して、自ら名前で呼ぶことを許すなんて……今まであっただろうか。どうして彼にはそんな気持ちになるのだろう。


(彼に共感したのでしょうか? それとも……)


 そこまで考えて桜は思考を断ち切る。


 今日は彼をもてなすことが主目的なのだ。


 無駄なことは考えるべきではない、と彼女は考えた。

 

****


 皇家に招待された蓮は広く装飾の施された応接室に通された。


 ここに着くまでに何重にも施されたセキュリティや警備のボディチェックを受けたが、PDAを取り上げられるようなことはなかった。セツナもこっそり見学できそうだった。


 蓮はAR上に時刻を表示させ、それを眺めながら行政長官がやって来るのを待った。


 しばらくするとドアをノックする音と共に桜と行政長官が現れた。


「いや済まない。仕事が少し残っていてね。初めまして、霧崎蓮君」

「お会いできて光栄です。ご活躍はいつも拝見しています。今日はお招きいただいてありがとうございます」


 桜以上に仰々しい態度で応対する蓮は、目の前の男の姿をつぶさに観察する。


 黒のスーツを着こなし、表情はテレビで見るよりも幾分柔らかな印象を受ける。


(この男が行政長官、皇宗助――)


 宗助は蓮の腰かけるソファの対面に座り、桜はその後ろで控える。


「さて、まずは君の活躍を称賛する所から始めさせてほしい。この間の事件は大変なものだったが、君のおかげで無事解決することが出来た」

「いえ、僕は別に逮捕の決め手になるようなことは何も……」

「そんなことはない、君はよくやったよ。それに私としても我が校の生徒が活躍したのは、実に鼻が高いんことなんだ」


 宗助は少々オーバーとも言える手振りで蓮を褒める。宗助は星環せいかん学園の理事長を務めており、我が校という言葉はそこから発せられたものだろう。


「それにしても君は学園においても素晴らしいみたいじゃないか。入学試験をトップの点数スコアで突破し、今でも遜色ない成績を維持している。私が策定した試験制度を利用したみたいだが、中々どうして第三階級では難しいだろうに……本当に大したものだ」

「……恐縮です」


 傍らに控える桜は宗助の発言に同意するように頷く。傍目から見ても彼女が心の底からの笑顔を浮かべていることが分かる。


 だが蓮は行政長官たる宗助からは何か得体の知れない威圧感を覚えた。目の前に居るこの男は自分の行いを称賛しているが、その目は別の感情があるように思える。


 まるで値踏みするような――冷たい眼差しを肌で感じる。


「そこで折り入って君に頼みがあるんだ」


 宗助は機械のような拍手の手を止め、蓮へと詰め寄る。


「今この都市は最先端の科学技術と経済力で繁栄を極めているが、その影では犯罪が多発している。先日の一件もそれに含まれる。私はこれら犯罪の撲滅を掲げて日夜邁進している所なんだ」


 皇宗助が筋金入りの平和主義を掲げていることは、彼が行政長官になる前から政界では有名だった。蓮も彼の政治目的はメディアを通して把握している。


「それは重々承知しています。それで……僕に頼みというのは?」


 嫌な空気をひしひしと感じるが、蓮は宗助へと続きを促した。


「お願いというのは、メディアに出て今回自分がやったことを話して貰いたい、というものだ。犯罪に対し果敢に挑み、人質となった母子を身を挺して守った。市民達も君の勇気ある行動を知ればきっと良い影響を受けると思うんだ。無論お礼はさせてもらうよ」


 じっと宗助の話を聞いていた蓮は腕を組んで考え込んだ。


(なるほど、そういう手もあるのか……)


 目を瞑ったまま動かない蓮にセツナは首を傾げた。


『要はヒーローとしてテレビの前に出ろってことじゃろ? お前さんの評判がうなぎ上りになるし、お金も入って万々歳。学園の馬鹿共も見返せるし良いことずくめじゃろ』


 のほほんとした感想を述べるセツナを蓮はバッサリと斬り捨てた。


『良いわけないだろ。俺は法案を撤廃させるので忙しいんだから、そんな事に手を貸したくない。おまけに一番得するのは行政長官本人だ』


 電脳マトリックスを通してセツナに宗助の狙いを説明する。


『銀行を襲ったのは第三階級でそれを同じ第三階級の俺が止めようとした。きっと行政長官はこう言う。「第三階級は彼のように犯罪を許さず、ルールに従って生活する者がほとんどだ。階級制度改正法案は彼のような人を救うためにある」ってね』


 詰まる所、蓮の行動をダシにして自らの法案や主張を正当化しようということだ。法案の反対派は第三階級や弁護士連が中心となっており、その多くが第三階級の不満を代弁する形を取っている。銀行強盗達も過激ではあったが、同様の思想をもっていたことは周知の事実。


 そこで強盗達に抗った上、第三階級でもある蓮がメディアで出れば、彼らの主張が鈍ることは間違いなかった。


 セツナは難しい顔でう~んと唸り、やがてハッと表情を変えた。


『つまりお主を利用して、得しようということか! この髭野郎、何てやつじゃ!』


 ARに浮かんでいたセツナは身を翻し宗助の頭を殴ろうとする。だが拡張現実に過ぎない彼女に殴る等という物理的な接触は不可能で、蓮の視界で幽霊のようにスカスカなパンチを放つことしか出来なかった。


「とても僕が力になれるとは思えません。勉学に励んでいる身ですので残念ですがお断りさせていただきます」


 法案の後押しをするなど断固拒否の蓮は、丁寧にはっきりとその申し出を断る。


 すると宗助はまるで予想していなかったのか目を開いて驚いた。


「どうしてだい? 君は誰よりもテロや犯罪を憎んでいるはずだ。おいそれと請け負うには荷が重いかもしれないが、君なら二つ返事だと思っていたよ」

「……? は、はあ……そう言われましても……」


 行政長官である宗助とはこれまで全く面識がない。


 にも関わらず、彼はまるで蓮のことを我が事のように知っている口ぶりだ。


 その態度に違和感が拭い去れずにいると、宗助は蓮の左腕に目線を向けた。


「君の左腕、機械腕サイバーアームと聞いてるが……いつから装着するようになったんだい?」


 急な問いに疑問符が浮かぶものの、蓮は至極業務的に答える。


「十三歳の時からです。事故に遭って左腕を失くしたので、機械化オーグメンテーションの施術を行いました。それが何か?」

「……お父様。そのような個人的な話は、この場では必要ないでしょう?」


 蓮の返答を聞いた桜は、他人がおいそれと触れていい話題ではないと思ったのか話を切り替えようとする。


「確かにそうかもしれない。だがね、桜。私は行政長官でもあり、君達二人を預かる教育者でもあるんだ。だから――おいそれと彼の嘘を鵜呑みにする訳にはいかないんだ」


 突然の宗助の言葉に蓮はビクっと体を震わせた。


「嘘? 彼が何を偽っているというのですか?」


 ともすれば非礼にも近い父親の発言に、桜は驚きを隠せない。


 宗助は真っ直ぐ蓮の目を見た。


「霧崎君。君が施術を受けたクリニックは、第十九区の中でも特に悪名高い所だそうだね。報酬と引き換えに非合法な……例えば、未成年の臓器や手足を売買するなんてのは日常茶飯事な施設だったと聞いている」

「……な!?」


 父親の言葉が信じられない桜は思わず蓮の方を振り向いた。


「そんなのは北部では珍しいことではありません。僕としては治療さえしてくれたのならどこだって良い。事故に遭って目を覚ましたら機械の腕になっていた。それだけですよ」


 淡々とした口調で蓮は宗助へと返す。しかし表情とは裏腹に背中はじんわりと汗を噴き出し始めている。


「確かに事故に遭った人が機械化オーグメンテーションするのは珍しくない。この技術の第一人者である士道岳人博士もそのような目的で研究を進めていたらしいからね。しかし私は君が事故に遭ったとは思っていないんだ。……実のところ君は、自らの意志でその闇クリニックを訪れたのではないかね?」


 何を言っているんだろうか、この男は。


 もしや両親すら知らない左腕の秘密。それを知っているのか?


「そんなこと……あるわけないでしょう? そもそも何が目的で? まさか自分の手足を売りに行ったと思っているんですか? 機械化オーグメンテーションがこの都市でどれだけ忌み嫌われているか、行政長官もご存じのはずでしょう?」


 機械オーグメンテーション化と電脳マトリックス化が忌避され、差別の対象となるのは市民なら誰もが知っていることである。


 しかし宗助はそれを理解した上で首を横に振る。


「君はとても賢い。だとするなら金ではなく他の理由があったと考えるのべきだ。……君は機械化オーグメンテーションではなく、それに伴う電脳マトリックス化が目的だった。そうだろう?」


 念を押すように詰め寄る宗助に対し、蓮は表情を歪ませた。


 機械化オーグメンテーションによって臓器や手足を機械へと代替するには、制御を担うため大脳を電脳マトリックス化する必要がある。行政府の法には『事故等による身体機能の障害に対処する場合、その施術費用や治療費を一部負担する』と明記されている。


 つまり蓮は穏便かつ低コストに電脳マトリックスを得るため、闇医者との間で左腕を代償にした取引を行ったのである。


「君の事を調べてこれを知った時は正直信じられなかったよ。厳しい生活を強いられているとは言え、まさか自分の体を差し出すなんて。しかし電脳マトリックスが君に齎す恩恵はそれに勝るものだったんだろう。実際君は星環せいかん学園に入学し、今行政長官である私の前にこうして存在しているのだから」


 電脳空間サイバースペースは情報の海だ。いつでもどこでその世界と脳を繋げられるというのは、使い方を選べばどんな書籍や講義にも勝ることを意味する。


 第三階級ひいては貧困に喘ぐ境遇から抜け出すためには、とにかく知識と情報が必要だった。


(まさかこんな事態になるとは……考えが甘かった)


 一方的な言葉責めに反抗しようと考えるが、宗助の目はそれを許さない鋭さを持ち合わせていた。


 沈黙は肯定に等しいと理解していながら、蓮は押し黙ってしまう。


 すると控えていた桜が宗助の視線を遮った。


「お父様! いい加減にして下さい! これではまるで尋問ではないですか! 私はこんな事の為に彼を今日招いたわけではありません!」


 両者を割って入った桜は宗助を目前にして粗い語気でそう言った。顔には父親に対する怒りがありありと示され、蓮だけでなく父の宗助も普段見せない彼女の姿に目を丸くする。


 彼女が次の言葉を発しようとした矢先、所持していたPDAが着信音を響かせた。


「……出なくて良いのか? お前の仕事だろう?」


 面食らっていた宗助は助け舟に便乗し、桜に一旦退くよう促す。


 何か言いたげな様子の桜だが、しばし逡巡した後PDAを持って席を立った。


 彼女が部屋を出てから、しばらくの間静寂が流れた。


「……誤解しないでくれ。何も君を責めているわけじゃないんだ。私はただ君と同様の境遇にある者、不幸な目に遭う人々を一人でも減らしたい、ただそれだけなんだ」


 バツが悪そうな表情の宗助は、先ほどよりも優しい口調で弁明する。


 蓮もその声音に釣られるようにゆっくりと顔を上げた。


「もし君に不利益が生じても、私が何とかする。安心してくれ、君一人の将来を保証するぐらい私には出来る。それぐらいの力は持っているつもりだ」


 明るい語気で都市の頂点たる男は蓮の未来を約束した。


 しかし一人では駄目なのだ。家族と安寧な暮らしを得る、そんな世界が欲しい。それこそが蓮の中に湧き上がった願望。自分だけが得られる幸福など必要ない。


 仮に宗助が家族全員を保護すると言っても、蓮は納得しないかっただろう。


 なぜなら自らの運命を他人に預けることはしないと、そう決心したのだから。


 故に――今立たされているこの窮地だって独力で突破してみせる。


 瞳に炎を宿した蓮は、ARに表示された時刻を視界の端に捉えた。


「皇さん……今言った言葉は本当ですか?」


 呟くように宗助へと確認の言葉を投げる。


 彼は二つ返事で『もちろんだ』と返した。


「犯罪を失くし平和な世の中を作るという考えに、嘘偽りは一切ありませんか?」

「無論だ。私は常に公正かつ誠実であることを旨としているつもりだ」


 迷いなく当然だと言わんばかりの彼の姿を見て、蓮は思った。


(……この大嘘つきめ!)


 蓮は奥歯を噛みしめた。


「――お父様、大変です。テレビを付けてください」


 突如動転した様子の桜が部屋へと飛び込んで来た。


「どうした、そんなに慌てて。何かあったのか?」


 宗助の呼びかけも耳に入らないのか、彼女は焦った様子で応接室に備えられたトリッドTVの電源を入れた。


 流れているのはニュース番組のようで、テロップには緊急速報と銘打たれていた。


『先ほど我々が得た情報によりますと、先日セントラルバンクを襲った被疑者達全員が、警察の管理下で死亡したとのことです。詳細はまだ不明ですが、一部の専門家の間では行政府と警察が故意にこの事実を隠ぺいしていたとの見方を強めており――』


 キャスターが手元の資料に目を通しながら、驚愕の事実を伝える。


「な……何だこれは!?」


 宗助は目の前で起きている事態が理解できず、食い入るように映像を眺めている。そして上着にしまっていたPDAを取り出し、コールを掛け始めた。


「長官、どういうことだこれは!? なぜマスコミに情報が流れている!?」

『そ、それが出所は不明です。私も先ほど確認したばかりでして……』

「相馬さんから緘口令を敷くよう指示があったはずだ! 署内への通達を怠ったんじゃないのか!?」

『そんなはずは! ……とにかく、どこからこの件が漏れたか早急に調査いたします!』


 コールを切った後も宗助の苛立ちは収まることなく、彼は頭を抱えた。


 蓮はそんな彼の言動を冷めた目つきで見ていた。


「今コールしていたのは……警察長官ですか? 随分なニュースですね。僕が面と向かって言い合いになった犯人達は全員死んでいた。……これは驚きだ」


 蓮はそう言いながらソファから立ち上がり、部屋を後にしようとドアノブに手を掛ける。


「待ってくれ! まだ話は――」


 宗助が呼び止めようと肩を掴もうとするが、蓮はその手を躱した。


「お話しすることはもうないでしょう? どうやら僕もあなたも嘘つきだったようだ」


 剣呑な態度の蓮は容赦ない侮蔑の目を宗助に向けた。


 視線の先の宗助だけでなく傍らに居る桜も、彼の冷え切った眼光に言葉が出ない。

 蓮はそんな二人を振り返ることなく部屋から足音を消した。


****


 襲撃犯達が死亡している事実が露呈し、行政長官の宗助は記者会見を開く運ぶことを決定した。コールを関係各所に掛け続け、事態が一段落したのは蓮が去ってから二時間後だった。


 予定していなかった急務に対応した宗助と桜は、応接室のソファで溜息を洩らす。


 重苦しい空気が流れるも桜は意を決してそれを打ち破った。


「……お父様、今日の霧崎君への対応はどういうことですか? 私はあんな申し出をすることも、彼の事を根掘り葉掘り調べていたことも聞いていませんが」


 常日頃から理性的で温厚な父からは今日のような言動は容易には結びつかない。桜としてもはっきりさせておかなければ非常に後味が悪い。


 宗助は娘の真っ直ぐな目を見て観念したような顔つきになった。


「始めは本当に彼を称賛したいだけだった。それに彼がどんな人物かも気にもなった。私は理事長だからね、彼の個人情報ぐらいは閲覧できる。それを見た上での行動だよ」


「闇クリニックの件ですか? しかし明確な証拠はないのでしょう? 大体未成年を相手に違法行為を行ったのなら、罰せられるべきは彼ではないと思います。お父様の態度は傍から見れば脅迫に近かった」


 思ったままの言葉を口する桜に対し、宗助は大きく息を吐いた。


「そうだな。完全に悪手だった、反省しなければならないな。……法案の支持率を上げられると思ったのがそもそもの間違いだった」


 額に手を当て染み入るように呟く姿には疲れが如実に表れていた。立法会議に提出する法案を可決させようと躍起になっている宗助にとって、蓮の協力は棚から牡丹餅と言えた。


 彼の多忙ぶりを知っている桜は少しばかり同情の念に駆られる。


「とにかく、明日私が代わりに謝罪しておきますので、後日ご自分からも彼と話をして下さい」

「ああ、分かった。……そう言えば、お前は学校でも彼とそんなに親しいのか?」


 思い付いたような質問に見えたが、桜は煮え切らない態度で答えた。


「いえ……最近何度か話したくらいで、彼について詳しくは知りません。さっき彼の生い立ちを聞いて驚いたくらいですし」

「そうか……まあ、人に聞かせる話ではないからな。――彼の場合は特に」


 神妙な顔つきの宗助は天井を仰ぎ、それ以上彼の過去について語る気はないようだった。


「お父様に知って頂きたいのは蓮君が非情に思いやりに溢れた人物だということです。彼は警察の事情聴取で『家族を支えられる人間になりたい。それを叶えるために星環せいかん学園に入学した』と話したそうですから」


 桜の言葉を聞いた宗助はハッとした表情になった。


「……それは本当か?」

「ええ。直接聴取した職員から聞きました」


 自分の言動が如何に彼の心を傷つけたのか理解した様子の宗助は、沈黙して眉に皺を寄せる。彼は消え入りそうな声で『本当に、とんだ失態だ』と零した。


 疲れ切った二人はその後それぞれ自室に帰り、明日以降に備えて就寝することにした。


 桜は明日、蓮にどう謝罪するべきかをベットに潜って考えた。


 妙案と言えるかは分からないが、一つだけ自分にもできることがあった。下手をすれば余計なお世話かもしれないが他に良い案も沸いてこない。


(家族の為に自分の身を差し出すなんて……)


 蓮がどんな思いでこれまで生きてきたのか、その片鱗を知った桜の胸中は複雑だった。


 まるで自分と同じ、いやそれ以上ではないか。


 今はもうこの世を去ってしまった母の事を思い出し、桜は得体の知れない不安に包まれた。

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