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『彼女』

 ずいぶん面白い客だったなぁ、というのが『彼女』の感想だった。



 彼女が生まれたのは、その記憶が正しければもう150年ほど昔のことになる。

 とある密林に作られた平凡なリザードマン中心の集落の、極めて平凡な家庭の長女として彼女は生を受けた。


 ただし、ヒューマンの魔力を大きく備えた天才児として。


 リザードマンは亜人種だ。

 亜人種とは、そもそも何らかの人種とヒューマンのハーフが、同種のハーフとの間に奇跡的にも子供を残すことができた上で、それがどちらの人種にも偏らない状態で10代以上続いたものを言う。

 口さがない人間はまるで家畜や愛玩動物 ペットの品種改良のようだ……などというが、実際その過程には苦しみと痛みばかりが伴うと言われている。

 まず、亜人種は基礎となった人種……つまりヒューマンでない側の人種の魔法が使えない。

 ハーフの時点でその傾向はあるが、彼らはほとんどの場合『身体能力』か『ヒューマンの魔力』のどちらか、あるいはその両方が優れており、特に魔力に秀でたものは基礎種族の魔法すら使うことがある。だが、亜人種は基礎人種の魔法を完全に失っており、それどころかヒューマンの魔力すらおぼつかないものがほとんどだ。魔法とはそれぞれの人種の創造主が、その創造主なりの愛を込めて与えたとされる正に神の愛の証でもある。魔力に秀でた者はそれだけで神の寵児と見なされ……己の魔法を持たない亜人種がいかなる者と見られるのか。深く考えなくてもわかるだろう。

 その上亜人種は、身体能力にはなんらかの変質……欠点とも言えるものが見られる。

 たとえばリザードマンで言えば、体温を高く保つ機能が弱体化してしまったことなどが上げられる。もちろんその分必要とする食料などが減ってはいるから一概に欠点というものでもないのだが、一般的な人種からは外れている特徴のためか欠点と言われることが多い。


 だが、ヒューマンの魔力は種の欠損 ・・・・を補う。

 つまり亜人種にとって、大きな魔力を持った者というのはとても貴重な存在なのだ。それこそ品種改良 ・・・・紛いの見合いをさせられる程度には。


 彼女は自分で自覚しているのだが、はっきり言ってその容姿はあまりよろしくない。他人種から見てどうなのかはともかくとして、彼女の故郷で暮らす同族間での認識としては中の下か下の上かといったところだ。肌の色が悪くぱっとしないうえに、鱗が小さく艶がない。端的に言うと老け顔。また頭部の棘も一般的には男性のものだ。女性で棘が生える者はほぼいない。

 村の薬師に言わせると、強大な魔力を持つゆえに本来持っていても表に出ない、女性が持つ男性として相を発現してしまった……のだとか何とか。今の所真相を明らかにする者は存在しない。いずれ世界が進めば分かることだろうが。

 

 当然彼女はわかっていた。自分の見合い相手がいつだって彼女ではなく彼女の身の内の魔力目当てだということを。


 だから正直ほっとしたのだ。何人目かの見合い相手がなびかない彼女に逆上して襲いかかり、彼女の喉を潰した時に。


 というかもう、ひたすら喜んだ。みなぎる魔力を使って全身の力を高め、薬師の婆様をかっさらって地の果てまで逃げて引きこもった。魔力で高体温を保てる彼女とそれ以外で持久戦をして負けるはずがない。あと、追っかける男どものやる気もそんなになかった。だって捕まったら不器量な男女と結婚させられるかもしれないんだぜ……?

 薬師の婆様からいろんなことを習って、ほとぼりが冷めた頃に開放して。

 時折送られてくる見合いを勧める手紙に閉口しながら世捨て人生活を続けて10年経つ頃、再び転機が訪れた。

 勇者だ。

 自称異世界から来て、魔王に閉ざされた小さな世界に召喚され、魔王によって外の世界にはじき出された……などというよくわからない上に意味もわからないことを言い出した彼に、興味を惹かれた……というか、彼が言う小さな世界とやらに興味があったのだ。もっと高度な引きこもり生活ができるかもしれない……と。

 当時仲間とはぐれて一人だった勇者に同行を願い出て、小さな世界に戻り魔王を倒すための旅に参加した。

 その後いろいろな出会いと別れを経て、見事彼女は自分を知る者のいない世界での引きこもり生活を送ることになったのだが……今度は二人組みの女に、引きこもりはもったいないから外に出て陽の光を浴びろと言われてしまった。せっかく彼女は魔力で体温を調節できるから、日光を浴びなくても暮らしていける貴重なリザードマンなのに……なんて主張が通るわけがない。

 自分たちが世界を変えるからついてこいと言われ、なんだかんだでごたごたしたあと、薬として生成していた酒精の飲み比べ勝負に魔力を使いまくったにもかかわらず負け、契約書を書かされた。

 弟子をとって社会貢献しろ、と。

 目が覚めて契約書を確認して、盛大に顔をしかめたのは確かだったが、それでも彼女は気づいていた。


 自分の本質が、むしろ人との交わりを求めていたことに。

 だから彼女には彼女の体を必要とする人間がいない土地が必要だったのだ。だが、彼女の体を必要としない人間は彼女の姿を見ると怯える。勇者と旅する中で気付いたこの矛盾。彼女が契約を交わした女たちは、そんな世界を変えると言っていた。それは、少し楽しみだった。



 そして今日、『彼女』の元を旅立った少女は、その姿に怯えることがなかった。

 それがあの女たちの成果ではないことはわかっている。だけど、少しだけ嬉しかったのだ。


「また来たら、今度はあれをくれてやるかな」


 振り返れば、小屋の屋根の天辺に飾られた槌が目に入る。

 かつて勇者とともに旅をした時、勇者が護身のためにと授けてくれた武器。

 『轟槌・ナナツカミ』もう彼女には用のない代物だ。

 彼女が勇者に憧れているというなら、きっと喜ぶだろう。

 また、その日が楽しみだ。

いつも読んでくださってありがとうございます。

リザードマンさんの大まかな話でした。

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