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「さて、約束の一週間が過ぎたわけだが……」

「はあ」

「治らなかったねぇ」

「まあ、もとからそういう話でしたし」


 いろいろあったけれど、残念ながら一週間では少女は回復しなかった。その代わり、弟子の子がやたらめったら明るくなった。いや、元々どうだったのか詳しく知っていたわけじゃ無いけど、初対面でリザードマンの人に呼ばれて少女を奥に連れて行った時は無言で目礼するだけだったし。最初の二日間はリザードマンの人とは目でしか会話してなかったし。


「うーん、やっぱり私の弟子にならないか?」

「なりませんが」

「そうかぁ。残念だなぁ。君らといるとナータが明るくてなぁ」

「はぁ、そうなんですか」


 知ってますが。

 というか、あなたも最近めっちゃ喋りますよね。


「まあ、あれだ。最低限必要な薬草類の暗記はしてもらったと思うし」

「食べられるものが増えたのは嬉しいことでした」


 もしかしたらこのリザードマンさん交感 コミュニケーション能力とかがすごく貧弱なんじゃ無いだろうか。元世捨て人だと思えばそれも無理は無い気がするけど。その上一緒にいる弟子はみんな顔を隠す謎のリザードマンに怯えてるかもしれないし、今回のナータくんに至っては一時期生きることを放棄してたというくらいだ。私だって決して人のこと言えるほどそういった能力があるわけじゃ無いけど、その二人よりはましだったんだろう。

 何と言ってもナータくんの名前聞いたの今日が初めてですよ? まあ、この中で男の子彼だけだから、呼ぶ機会もあまりなかったし。それ以前に未だにリザードマンさんの名前知らないですし。

 そもそも私だって名乗ったかどうか……ナータくんはお姉さんて呼んでくれるし、リザードマンさんは私のこと君とかしか呼ばないし。少女は……そもそも喋らないし名前知らないしなぁ。ホーマンディーさんを知ってたリザードマンさんが少女の名前を知らなかったのがそもそもの原因だっただろうか。

 彼女の名前をそもそも呼べなかったから、名前を呼ぶということをみんなであえて避けてたような気もする。


「うむ、君を送り出すことにもはや憂いは無い。願わくば君の夢が叶い、彼女が回復し、そして健やかに生きてくれ給えよ」

「努力します」

「うん。それととりあえず例の湖の話なんだが」


 ああ、私が選んだ正装 ドレスの素材の話か。


「まあ、正直現実的かと言われると怪しいところなんだがな。それでもそれを目指している間、君は綺麗な水場を離れないわけだ。人が生きるために綺麗な水は必要不可欠だし、水場なら食べるものも豊富だろう。よって私は君の考えを支持しようと思う」

「ありがとうございます」

「だがな、ついては条件に合致する湖と川の場所を地図にしておいた。何人もの行商人に場所を確認したから確かだ」

「……行商人達に?」


 それは、行商人の往来が激しい場所ということだろうか。それは良く無い。そういう場所には野盗も良く出ると思うんだが。


「ああ、安心したまえ。そこは彼らにとって巡礼地なんだ。定期的に訪れる場所ではあっても、彼らが行商のために訪れるわけじゃ無いから盗賊達もあまり出ない。そもそも襲っても旨みの無い手ぶらの行商人達が傭兵で武装して訪れるわけだから、むしろ治安はいいくらいさ。そして私にとってもある意味因縁の地だ」

「……」

「そこあたりで、かつて偉大な行商人が命を落としたと言われているんだ。私を世界に引っ張り出した女の片割れさ。彼女にあやかるために行商人達は毎月一人ずつそこを訪れるんだ」

「わかったような、わからないようなです」

「まあいいさ。高都への道からもイドゥシヤンへの道からも外れるし、徒歩で一週間以上かかるだろうが、頭の隅にでも留めてこの地図を持って行きなさい。きっと役に立つ」

「はい、それはありがたく受け取っておきます」


 差し出された木簡を受け取る。

 一週間、彼女には本当に世話になった。私が喉を治す間、当然滞りがちになる少女への魔力譲渡を薬で補ってもらったし、ナータくんに教える分とは別に私に薬や薬草のことを教えてくれた。

 少女の排便 トイレの世話の仕方も習ったし、魔力の仕組みなんかもちらほら教えてもらった。

 冬に備えた食料の蓄え方。

 寒い場所で暖をとる方法。

 黄燐が付きた時に役立つだろう火の起こし方に、火種の残し方。

 熊の殺し方……は実践できる気がしないから早急に強い弓を手に入れる必要があるけれど。

 一週間で詰め込めるだけのものを詰め込んだ。


「しかし、なんでこんなに良くしてくれるんですか?」


 今更のように素朴な疑問が湧いた。


「簡単さ。君が魔法使いになるのを見たいんだよ」

「そうですか」

「そうなんだよ。勇者は確かに世界を魔王の手から解き放った。だけど、救ってくれたわけじゃ無い。その後始末を私や女王はしているんだ」

「引きこもってたのに?」

「頼まれていないからね。だけど、君がその一助になってくれるかもしれない」

「そんな高い志は、無いですけど」

「君が魔法使いになればそれでいいんだよ」


 よくわからないけれど、私が憧れたのは、あのとき私が憧れた魔法は……


——ドラゴンを追い立てる魔法使いの『黒い風』

——ドラゴンの吐く全てを凍らせる『青い炎』

——魔法使いに焼き尽くされたドラゴンと村を、全て実りあるものへと変えた『赤い虹』


 あの『赤い虹』は、かつて勇者様が私の一族に託したとされる魔法の指輪から作られたものだ。

 私が憧れたのは、勇者様の魔法。

 それが、その事実がこの人と引き合わせてくれたのだろうか。


「それじゃ、行きます」

「うん。その子が治ったら、一度顔を見せにおいで」

「ええ」


 さて、どこへ向かおうか。

いつも読んでくださってありがとうございます。

リザードマンの庵でお勉強編は……そのうちかけたらいいなあと思います。

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