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薬師の言葉が耳を左から右に通り抜けた。もちろん意味はわかっているけど、なんとなく自分主体じゃ無いことに反応を起こす気にならないというか。
心が凪いでいる。
魔力を練っているときはそうなるらしい。熊に襲われたときだって、そうじゃなければとても相手が怯えてることに気づくことはできなかっただろう。とにかく直前まで感じていた恐怖とか、興奮とか、そういうのが全部消え失せて状況を静かに見下ろせるようになるんだ。
……いや、そうしている自分が突然現れるような感覚といったほうが近いか?
多分だけど、普段魔力を練るのが寝る直前の時間であることと何か関係があるんじゃ無いかな。だって夢の中で空からもう一人の自分を見てるような感覚と似てるし。
それで、だ。
なんとなく、焦点が合わない 。
魔力は練れている。彼女の発言はそれを見て取ったからのものだろうから、その点については勘違いとかってことも無いだろう。
だけど、なんだろう? いつもと何も変わらない。魔力を練ってはいるけれど、それで喉が治ることにつながる感じがしないというか……いや、そんな曖昧なものじゃ無いな。ただこうやって魔力を練っているだけでは喉の状態に変化は無いと確信できているような気がする。
あくまで気がする。
そう確信できるほど魔力や魔法について詳しいわけでも無い。心情的には、ほぼ確信しているけど。
どういうことか。期待させておいてやっぱり嘘……ということは無いだろう。だとしたら彼女の薬師としての信用問題にもなるし。だけど、実際私の魔力は私自身を助けることもできていない。少しばかりの苛立ちを込めて視線を上げるてみると、彼女のほうはあっけにとられたような顔でこちらを見ていた。
「君、随分魔力を練る練習をしてるみたいだね……ああ、そのままでいいよ」
何が言いたいのかはわからなかったけれど、とりあえず答えるために石を拾おうとした手を、声で抑えられる。なにか、はっきりした考えがあるのだろうか。
「正直、魔法使いになりたいという言葉をだいぶ軽く考えていた。確かに君はそれなりに才能があるようだ。君はどうやら無意識のうちに、随分と意識的に魔力を動かしているね」
『いいえ』
私には学が無い。それは確かだけれど、今の言葉がおかしいことは流石にわかる。
無意識のうちに、意識的に魔力を動かしている。
それは意味が通じないのでは無いだろうか。
そう思って黒い石を出したのだが、彼女は呆れたようにせっかちだなと言って笑った。
「いいかい、私が君に喉の治療のために魔力を練るように言ったときは、単に魔力の生成反応で全身を光らせるような力量を想定していたんだ。それをある程度の時間維持できていればちょっとした怪我の治癒を早めることはできるし、そうして発散する魔力をそのまま掌などに集めることで触れた人間を癒したりもできる。私は君の喉が傷ついていたのを、そういう指向性の無い魔力が暴発したものだと思っていた」
暴発というのはよくわからないけれど……指向性の無い魔力……?
魔力の生成反応で体が光るのは、生成された魔力が垂れ流しになって空気と反応するからとかなんとか聞いたような気がする。それって魔力が生まれるときの反応じゃ無くて、魔力が空気と反応したときの現象だよなぁ……と思ったけど、とにかくこれを魔力の生成反応と呼ぶものらしい。
魔力の生成反応という言葉が間違っているのか、空気と反応した結果だというのが間違っているのかは判断がつかないから、そこのところはとりあえず保留にするけれど、とにかく魔力を収めるんじゃなくて、垂れ流しにすればいいということだろうか。確かに、そこまでの流れは半ば無意識的にやってるような気はする。というか、魔力を練るというのはそうするものだという認識があって体が動く。
「それはより高度な魔力の扱いをするときに必要な行為であって、単に魔力を扱うならそこまでする必要は無いんだ。発散するままの状態で体のどこかに集めたりすればいい。彼女の治療の話になった時、私はそれを君に指導するつもりだった」
『いいえ』
「うん、それだけできるなら必要無いだろうね」
『いいえ』
「うん?」
必要無い……とは言わない。ちょっと待ってほしい。やり慣れていないことだけど、『しゅうれん』した魔力を指先に集めることなら普段から練習していることだ。そうじゃ無い魔力を動かすことか、あるいはそうしてから偏らせた魔力をまた発散する状態に戻すことができればいいわけで。
……あれ?
そうか、魔力を偏らせた手に触れると痛みがやわらぐように感じたのは、そういうことだったのか。魔力を『しゅうれん』して閉じ込めているから治るほどの力は無いけれど、それでも漏れたそれが痛みを和らげてくれるのなら……あのとき言っていた『私が知っている魔力の使い方』っていうのはもしかして……だとすると、まっさきに『偏らせる』じゃなくて『しゅうれんする』ことを教えてくれたのは、練習させつつ、悟らせないためか。
そっか、そういうつもりだったんだあの人。
いつも読んでくださってありがとうございます。
遅刻気味で申し訳ありません。




