15着目
でも、じゃあどうしたらこの人の話を止められるのかといえば……なにかしら主張さえすればいいんだろう。
でも何を?
まあ、なんでもいいかしら。とりあえず黒と斑らの石二つを彼女の前に投げてみる。
その顔でもわかるくらい、わかりやすく驚愕している。そして顔を赤らめた。
「すまない。素顔をさらす時はいつも彼に指導をする時でね。つい饒舌になってしまう癖がついてしまっているんだ」
うん。やっぱり赤い血の流れる、普通の人間じゃない……あれ、でもドラゴンとかの幻獣類って血の色が青いんじゃなかったかしら。ドラゴナート……竜人……ハーフ? ドラゴンの血を引いてるなら、紫色とかでもおかしくないわよね。そこのところどうなってるのかしら。まあ気にしてもしょうがないんだけど。
「こほん」
あ、うん。ごめんなさいね。気が散ってたみたい。
「とにかく、まあ、まずは彼女の前で確認できなかったことを率直に聞かせてもらおうか」
『はい』そう答えようとして石を拾い、再び差し出そうとする動きを片手で制される……言いたいことが伝わってるなら手順を省略するのもやぶさかではない。それで、聞きたいことは何かしら。じっと彼女の顔を見つめる。
「そうだな、彼らは……ホーマンディーたちは死んだのか?」
斑らの石。
それ以上のことを伝えるのは難しい。
「そうだよなぁ」
応えるのは疲れたような声。
今まで張り詰めたものが少し緩んだように感じる。諦めたような気配。彼らとの間に、さほど義理はないんじゃなかったのかしら。それともそれが薬師という生き方ということなのかしら。
「いや、別に彼らとそう深い関わりがあったわけじゃないんだ。ただつい最近の出来事だったし、こういう暮らしをしているとどうしても他人との関わりが少ないからな。知人に再び会えることもそう多くはないし、それにその知人の死を伝えられることはなお少ない。好きでこういう暮らしをしてるくせに……等と思うかもしれないが、寂しいものは寂しいのだよ」
そういうものなのだろうか。村を捨ててきたばかりの私にはまだ難しい話だ。
……そうはなりたくない、とは思うけど。
「まあ、本当は彼らがどうなったのかをできるだけ詳しく聞きたいところだけど、今は控えよう。あまり喋らせるのも辛いだろうしね……」
『はい』と答えてもいいのだけど、なんとなく無言で通す。別に、必要なら話すことを厭う気はないけど、向こうが遠慮してくれているのに是非に話すというほどでもない。そんな感じ。なんだかこの人とは、間に挟まっているもののせいでか距離を作るのが難しい。
というか、この喉の治し方は聞いた。聞いたけど、薬師なのだから一時的に痛みを止める薬とか、そういうのを出してくれないのだろうか。そうしたらもう少し我慢して私も喋れるだろうし、向こうだって遠慮なく私に喋らせることができるだろうに……あれ、私喋ることを我慢してるのかしら。我慢して喋ってるのかしら。うーん? 多少面倒ではあるけれど、別段喋ってて何かを我慢している気はしない。最初から。別にこの三日、彼女に話しかけることをやめたことはなかった。
「まず要点を済ませようか。彼女を救うことはできる……できるけど時間はかかるよ。当然それにあたって、ただ彼女を引き取ることはできない。私たちもそれなりに忙しいからね」
『はい』
了解の意を示す。当然のことだと思う。
「つまりだね。君、彼女とともに私の弟子にならないか? 私は彼女を助ける手伝いができるし、彼女の世話は君ができる。やる気のある弟子が増えれば私は嬉しいし、弟子が孫弟子を育てる様子を見ることもできれば自分の教育の仕方を見直すこともできる。君の旅の理由は知らないが、これも一つのその終わりではあり得るだろう?」
旅の終わり。
確かに、そういう終点もあるのかもしれない。
私の目的が誰かに認めてもらうことだったり、ただ誰かに必要としてもらうことだったのなら、そういうのもあるかもしれない。
だけど違う。これは違う。私の旅には私の終点がある。
先の見えない旅だし、終わりの見えない旅だけど、一つ一つ踏んでいくはずの道は、足跡はちゃんと見えている。
まだその一歩目も踏み出していないのに、別の終点なんかで妥協するのは嫌だ。
いや。
そうじゃない。
もっとなんかこう、もっと簡単に。で、単純に。
ついこの前始まったばかりの、ようやく私が始めたばかりの旅にまだ終わりは早い。
私の旅は彼女を救う旅でも、この人の弟子入りをする旅でもないんだ。
『いいえ』
そんなの、勿体無い 。
私の生 。私の性 。私の路 。
わがままなのかもしれない。卑怯なのかもしれない。でも、間違っているはずはない。
「そうか、それは少し残念だな……では、次の話をしようか。彼女を薬なしで生かす方法の話だ」
一瞬見殺しにするくらいの覚悟を決めたつもりなのに、あっさりと話が進んだ。
やっぱりこの人掴みづらい……
いつも読んでくださってありがとうございます。