エピローグ
恵那と優が高校を卒業して四年が過ぎた春。公園の木々には桜の花がちらほら咲き始め、穏やかな陽射しが降り注ぎ、緩やかな風を運ぶ午後。
成人式に帰郷して以来、久々に恵那はUFOの町に帰ってきた。府内の国立大学を卒業した彼女は地元で就職を決めて、今日からこの町で一人暮らしを始める。
駅を出てから彼女は真っ直ぐ実家に帰ることはせず、逆の方向に歩みを向けた。
二年ぶりに歩く町並みは変わりがなく恵那は懐かしく思う。UFO型の電灯、パチンコ屋の天井にあるUFOの模型、そして商店街に並ぶ店ののぼりには無理矢理感UFOとのコラボレーションされた商品名が書かれている。ラーメン、カレーパン、うどん、丼、花などバリエーションに富んでいる。けれど、それでも所々はシャッターが閉められていて、見かける度に胸が痛む。
そして恵那はボロい、前向きな表現をすればレトロな写真屋の扉を開けた。
「いらっしゃい」
するとオーバーオールを着た小柄すぎる女性の店員が関西弁で迎えた。
「相変わらず可愛いですね」
恵那は屈託のない笑顔で店員を褒めるが、明菜は喜ばすに不貞腐れ、唇を突き出す。
「それは身長か、うちの顔、どっちのことや」
「両方です」
さらっとそんな言いにくい言葉を発する恵那に明菜は苛立を覚える。
「くっそ。腹立つわ。カウンターなかったら蹴ってるのに」
カウンターに頬杖をつき、明菜は恵那を睨む。
「久しぶりやの。で、何の用?」
「ええ、今日からこの町で一人暮らしを始めることになりまして」
「ほう。どっかのアホは四捨五入で三十路やのにまだ引きこもってるのにな」
「そうですね」
頷きながら恵那は頭に姉の姿を思い浮かべる。
「えらいえらい」
「だから最初に会っておきたい人がいまして」
明菜は鼻で笑う。けれどそれは恵那を馬鹿にしたのではなく、懐かしい出来事を思い出したからだ。それに加え、彼の間の悪さも一因したのだろう。
「すまんな、最初が私になってもうて」
「いえ、連絡もせずに訪れた私が悪いのです」
「異星人やったらラーメン喰ってんで、休憩やからな」
「ありがとうございます」
用件を済ますとすぐに店を出て行く恵那を目で追って、明菜は呟いた。
「まだ好きなんや」
恵那は商店街に一件だけになったラーメン屋を訪れた。にぼしのかおりが強く、腹の音が鳴りそうになって腹を手で押さえる。
さっきの写真屋とは違い威勢のいい挨拶で迎える店長にしょうゆらーめんと告げ、カウンター席に座るぼさぼさ頭の男性を見て、恵那はその隣の席に着いた。
そして彼の顔を覗く。麺をすすり、湯気が鼻に入り鼻水が少し垂れる彼の顔を見て、恵那は体が熱くなり、頬が紅くなっていくことを感じた。
そして彼が箸を置いた瞬間に声をかけた。
「あなたは異星人ですか?」
男はラーメンを見つめて言う。
「違う」
そして恵那の顔見て言った。
「そうだろう、元異星人」
その男、優が照れくさそうに笑うので、つられて恵那も笑ってしまう。もう異星人なんて真顔で言える年ではないのだ。けれど、それを悲しいとは思わない。
「久しぶりだな。話したのはもういつだか覚えてないな」
「うん。白井くん成人式は来なかったよね」
「寝ていた」
「そうなの? 織絵さんが見たがっていたよ」
「それは好奇心だろ」
「そうかも。そうそう、今年の五月に結婚するみたい」
「おめでとうと伝えてくれ」
「うん。それで久しぶりに交換日記読んでいて思い出したのだけれど、寺内くんはどうしているの?」
「この春から親の工場を継ぐんだと」
「そうなんだ。明菜さんの仕事の手伝いはどう?」
「どうと言われてもな。一言で言えば刺激的だ」
「なんとなく伝わるよ」
恵那は水を口に含み、深く息を吸う。
「弟くんはどう?」
「ああ、ちゃんと通学している。運動は少し苦手だがな。お前に会いたいと言っていた」
「それは私ではなくて違う私でしょ」
「違う。ちゃんと羽田だ」
「それは嬉しいな」
「お待ちどうさま」と声を張って店主はラーメンを恵那の前に置いた。恵那は「いただきます」と微笑む。
優がどのようなラーメンを頼んだのか気になり丼に恵那は目をやる。麺とスープは同じだが、具が少し違った。UFOの絵が入ったなるとがある。
「かわいいね、それ」
「ああ、UFOラーメンだ」
「なると入っただけだよね」
「それでもUFOはUFO。この町らしいだろ」
「だね」
優は箸を置き、鼻をかんだ。
「で、この町からいつ出てくんだ?」
「いかないよ」
「うん? ということは?」
「そう。今日からこの町で一人暮らし」
「勤め先は?」
「宇宙博物館の職員」
恵那が言うと優は腹を抱えて笑った。それはすごいと。恵那もつられて小さく笑う。
「おめでとう」
笑いが落ちつくと優はそう言って恵那の丼にUFOの絵柄が入ったなるとを入れた。
「ありがとう」
「またよろしくな」
その言葉と優の笑う横顔を見た瞬間、恵那はあの頃に戻れた気がした。
蒲鉾なんかを貰い純粋に喜ぶ恵那を見て、優はあの頃に戻れた気がした。
無意識に二人は思う。彼が彼女とは違うもう一人の彼女を好きでいた時にあった笑顔に似ていたからだろうか、と。




