まだ知らない未来へ
―――白瀬こより視点―――
Lentoからの連絡が本物だと確認した日の夜、白瀬こよりは普段通りに配信を始めようとしていた。いつもなら開始5分ほど前からマイクの音量やゲーム音とのバランスを確認し、そのまま勢いで配信開始ボタンを押すのだが、今日は何度確認しても落ち着かない。
原因は分かりきっている。昼休みに届いたLentoからのメールが、まだ頭の中から離れてくれないのだ。登録者100万人を越え、『夜を連れて』が5,000万回以上再生されている音楽家が、自分の配信と歌動画を見たうえで、声に合う曲があると連絡してきた。
もちろん、今夜の配信で話すつもりはなかった。まだ楽曲提供について相談を受けただけで、正式に何かが決まったわけではない。それ以前に、活動開始から2週間にも届いていない自分がそんな話をしても、視聴者の大半は冗談だと思うだろう。
「よし……いつも通り。今日はいつも通りです」
誰に聞かせるでもなく呟いてから、こよりは配信開始ボタンを押した。
『こんばんはー。白瀬こよりです。今日は昨日の続きやっていきます。昨日はですね、村人だと思って近づいた人に普通に倒されたんですけど、今日はもう騙されません』
【あれ村人じゃない】
【最初から敵】
【まだ言ってる】
『見た目が紛らわしい方にも責任があると思います』
いつものコメントが流れ、こよりはようやく少し笑えた。同時視聴者は開始時点で38人、それが10分ほどで51人になり、昨日も来ていた名前と初めて見る名前が混ざっていく。
普段と何も変わらないはずなのに、コメント欄を見る感覚だけは少し違っていた。この中に昨日はLentoがいたのかもしれないと思った瞬間、こよりは無意識に背筋を伸ばしてしまう。
【今日なんか緊張してる?】
『してないですよ?』
【してる人の声】
『普通です。ものすごく普通です』
【怪しい】
妙なところで鋭い視聴者たちから逃げるように、こよりはゲームへ意識を戻した。
それからしばらくすると、少しずつ普段の調子を取り戻していった。敵に追いかけられて慌て、コメントで攻略方法を教えてもらい、ようやく目的地へ到着すれば視聴者と一緒になって喜ぶ。配信者として上手いかどうかは自分でも分からないが、この時間が好きだから活動を始めたことだけは間違いなかった。
配信終了が近づく頃には、同時視聴者数が63人まで増えていた。活動開始からまだ日が浅いこよりにとっては、画面の向こうに63人もいるというだけで十分すぎるほど大きな数字だった。
『今日はここまでにします。来てくれた人ありがとうございました。初見さんも何人かいたよね。また気が向いたら来てください』
【明日もやる?】
『明日は……たぶん休みます。ちょっと予定があるので』
【デート?】
『違います!』
【即答で草】
『そういうんじゃないですから。ちょっと大事な予定があるだけです』
言った直後、余計に怪しくなった気がした。案の定、コメント欄には【やっぱりデート】【頑張れ】【報告待ってる】と好き勝手な言葉が流れ始め、こよりは笑いながら最後まで否定することになった。
明日の夜に待っているのは、もちろんデートではない。
Lentoとの、初めての通話だった。
◇ ◇ ◇
―――隼人視点―――
翌日の午後8時が近づく頃、隼人は自室でパソコンを開き、通話の準備を整えていた。
机の横には制作ノートが置かれ、〈39〉についてまとめた内容と、ここ10日ほどで確認した白瀬こよりの特徴が書かれている。明るく少し息の混ざる声、高音へ上がるほど強くなる透明感、配信ではコメントを丁寧に拾う性格、仕事を続けながら個人で活動していることなど、必要な情報は文章として一通りまとめていた。
相手が小規模だからといって、雑に扱うつもりはない。
むしろ今回は、これまで以上に慎重になる必要があると考えていた。星乃ミナの場合は企業所属だったため、契約や権利関係については担当者を通して進められた。NagiやMioも既にある程度の活動経験があり、自分の生活と音楽との距離を自分で判断できている。
しかし、こよりは活動開始からまだ2週間にも届いていない。
そんな時期に大きな曲を渡せば、本人が想像していた活動そのものを一気に変えてしまう可能性がある。曲を渡す以上は成功する可能性だけではなく、もし数字が急激に伸びた時に何が起こるのかまで説明しておいた方がいい。
午後8時になり、予定通り通話がつながった。
『こ、こんばんは。白瀬こよりです』
「こんばんは。Lentoです」
『…………』
「もしもし?」
『います。すみません。本当に声が聞こえてきたので』
「通話だからね」
『そうなんですけど!』
予想以上に素直な反応で、隼人は思わず笑った。メールではかなり丁寧な文章を書いていたが、実際に話してみると配信で聞いていた印象とそれほど変わらない。
『あの、最初に謝らせてください。メール、本当に疑ってしまって……』
「いや、あれは疑った方がいいですよ。俺でも疑います」
『ですよね? 良かった……』
「むしろ、いきなり信用される方が心配になるので」
『それは確かにそうかもしれません』
少し緊張が解けたのか、こよりの声が普段の配信で聞いていたものへ近づいていく。隼人はすぐに曲の話へ入らず、まず本人がどのような考えで活動を始めたのか確認することにした。
「メールにも少し書いたんですけど、配信はいくつか見ました。活動始めたばかりなんですよね?」
『はい。今日で12日目です』
「始めようと思った理由って、聞いても大丈夫ですか?」
『すごい理由はないですよ。前からVTuberを見るのが好きで、自分でもやってみたいなって思ってたんです。でも会社辞めて挑戦します、みたいなのは怖かったので、普通に働きながら始めました』
「そのまま仕事は続ける予定?」
『今のところは。というか、辞められるほど活動で収入ないですし』
「それはそうですね」
『そこ普通に同意するんですね』
「現実は大事なので」
こよりが小さく笑い、隼人も口元を緩めた。活動を始めたばかりだからこその夢や期待はあるようだが、突然すべてを捨てて成功だけを追いかけようとしているわけではない。その距離感は、隼人にとってかなり好ましいものだった。
「歌は好きですか?」
『好きです。上手いかって聞かれたら困りますけど』
「短い歌動画も見ました」
『あれも見たんですか!?』
「それ見ないで楽曲提供の話はしないですよ」
『いや、そうなんですけど……あれ録音したあとに聞いたら、息の音とかすごくて』
「録音環境は改善できます。声そのものは良かったですよ」
通話の向こうが静かになった。
「こよりさん?」
『すみません。ちょっと待ってください』
「はい」
『今、Lentoさんに声褒められたんですよね、私』
「そうですね」
『……スクショできないのが悔しい』
「音声だからね」
思わず笑うと、向こうからも恥ずかしそうな笑い声が返ってきた。少なくとも会話をしていて無理に自分を大きく見せようとするタイプではなく、分からないことや自信のないことは、そのまま口にするらしい。
隼人はそこで、ようやく本題へ入った。
「今回連絡した理由なんですけど、実は既に曲の原型があります」
『私に作ってくれる、じゃなくて?』
「順番が逆ですね。先に曲があって、その曲を歌える人を探してました」
『……それで私だったんですか?』
「何人か見ました。その中で、一番合うと思ったのがこよりさんです」
再び沈黙が生まれた。今度は先ほどより長く、通話が切れていないことを示す小さな環境音だけが聞こえている。
『聞いてもいいですか?』
「どうぞ」
『なんで、私なんですか?』
声から先ほどまでの冗談っぽさが消えていた。
『私、まだ登録者1,000人ちょっとですよ。歌もちゃんと習ったことないですし、オリジナル曲なんて考えたこともなかったです。Lentoさんなら、もっと上手い人とか、有名な人に頼めますよね』
数字だけで考えれば、その通りだった。もっと歌唱力の高い人も、登録者の多い人もいるし、名前を出しただけで最初から何十万回も再生される相手だって探せるだろう。
しかし、それではこの曲が持っている景色から離れてしまう。
「曲に合うからです」
『……それだけ?』
「それだけで十分じゃないですか?」
隼人は制作ノートへ視線を落としながら、続けた。
「今回の曲って、まだ何者でもない人が最初に外へ声を出す歌なんです。誰かに見つけてもらえるか分からないけど、それでも話して、歌って、画面の向こうから返事が来たら嬉しい。そういう曲です」
『はい』
「登録者が何十万人もいる人が歌うより、今のこよりさんが歌った方がいいと思いました。配信で、コメントが1個増えるだけでも嬉しいって言ってたでしょう」
『……見てたんですね』
「見てました」
『恥ずかしい……』
「あと、42人から45人に増えた時も喜んでましたよね」
『そこまで覚えてるんですか?』
「曲に合う人を探してたので」
こよりが困ったように笑う。
隼人は一度言葉を切ってから、最も大切な部分を先に伝えることにした。
「ただ、この曲を歌えば絶対に有名になれるとか、会社を辞められるとか、そういう話ではないです」
『はい』
「俺が曲を作ったとしても、成功を保証できるわけじゃない。それに、もし想像以上に伸びた場合、今までと同じ規模では活動できなくなる可能性もあります。見てくれる人が増えれば、良い反応だけじゃなくて、嫌な反応も増えます」
『……それは、ちょっと怖いですね』
「怖いと思うなら、それで普通ですよ。だから今日決めなくて大丈夫です」
『断っても大丈夫なんですか?』
「もちろん。歌う人を探してるだけで、人生を変えてくれって頼んでるわけじゃないので」
隼人自身、その違いだけは間違えたくなかった。
最初の人生では、音楽を続けることが正しいと信じすぎていた。バンドの仲間にも同じ熱量を求め、仕事や家族を選ぼうとする相手を、どこかで夢から逃げた人間のように見ていた時期さえある。
今なら、それが間違っていたと分かる。
夢を選ぶことも、生活を選ぶことも、その両方を残すことも本人が決めればいい。
「まず曲を聞いてください。それで歌いたいと思えたら、その先を話しましょう」
『……分かりました』
「今から送ります」
隼人は事前に用意していた仮音源を共有した。完成した伴奏ではなく、明るいシンセサイザーと細かなリズム、ベースや電子音を組み合わせたデモで、歌唱部分には隼人自身が仮歌を入れている。
「届きました?」
『はい。これ、今聞いてもいいんですか?』
「もちろん。そのために送ったので」
『じゃあ……聞きます』
数秒後、通話の向こうが静かになった。
隼人は何も言わず待つ。
自分の仮歌が向こうで流れていることを想像すると多少むず痒いが、今さら気にするほどでもない。
曲は4分に届かない。
それでも、その数分がいつもより長く感じられた。
◇ ◇ ◇
―――白瀬こより視点―――
最初の音が流れた瞬間、こよりは思わずヘッドホンを押さえた。
明るい。
しかし、ただ元気なだけの曲ではない。
軽い電子音がいくつも重なり、細かなリズムが前へ進んでいく。その中をLentoの仮歌が走り、Aメロでは少し不安そうだった言葉が、サビへ近づくにつれて少しずつ外へ向かっていく。
歌われているのは、まだ誰にも知られていない人だった。
最初の声を出す。
誰も聞いてくれないかもしれない。
それでも、画面の向こうへ話しかける。
そして1つだけ返ってきた言葉を見つける。
その瞬間、自分の声が世界のどこかへ届いたことを知る。
こよりは途中から、曲を分析する余裕を失っていた。
自分が初めて配信開始ボタンを押した日のことを思い出していたからだ。
最初の配信で、開始直後にいた視聴者は7人だった。
そのうち何人かは知り合いだったかもしれない。
それでも初めて知らない名前から【こんばんは】とコメントされた時、嬉しくて返事をする声が少し上ずった。
2回目には12人。
数日後には30人。
そして昨日は63人が見てくれた。
数字だけを見れば、Lentoとは比べることすらできない。
けれど、自分にとっては1人増えるたびに、本当に誰かが見つけてくれたのだと思えた。
曲の最後で、仮歌の声が静かに着地する。
こよりはしばらく何も言えなかった。
『……終わりました』
『どうでした?』
「…………」
『こよりさん?』
「ずるくないですか、これ」
『え?』
「こんなの聞かせてから、断ってもいいですよって言うの、ずるくないですか?」
自分でも少し理不尽なことを言っていると思う。
それでも、他の言葉が出てこなかった。
Lentoが笑った気配がした。
『気に入ってもらえたなら良かったです』
「気に入りました。というか……これ、本当に私が歌っていいんですか?」
『歌いたいですか?』
その問いには、もう迷わなかった。
「歌いたいです」
口にした瞬間、胸の奥が熱くなる。
登録者はまだ1,000人台。
配信を見てくれるのは数十人。
歌の経験も多くない。
それでも、今聞いた曲を自分の声で歌ってみたいと思った。
「私、この曲を歌いたいです」
『分かりました。じゃあ、ここからちゃんと作りましょう』
「……はい!」
その一言で、急に現実味が増した。
「でも、私どうすればいいんですか? 機材とか録音とか、今の環境だと絶対足りないですよね」
『そこは順番にやれば大丈夫です。まずキーを合わせます。今のデモは仮なので、こよりさんの声に合わせて旋律も細かく調整します』
「旋律まで変えるんですか?」
『俺が歌うための曲じゃないので。こよりさんが一番良く聞こえる形にした方がいいでしょう』
さらりと言われた言葉に、こよりはまた返事が遅れた。
完成した有名作曲家の曲を、自分が頑張って歌わせてもらうのだと思っていた。
しかし、どうやら違う。
この人は、本当に自分の声へ曲を合わせるつもりらしい。
◇ ◇ ◇
―――隼人視点―――
歌う意思を確認したあと、隼人は制作の進め方を1つずつ説明していった。
まず現在の歌唱環境を確認し、必要なら録音方法を改善する。そのあと、こよりの音域に合わせてキーと旋律を調整し、仮録音を何度か繰り返す。伴奏についても声が入った状態で聞き直し、電子音やベース、ドラムの位置を整えながら完成へ近づけていく予定だった。
単語だけを順番に並べるのではなく、何をどの順番で進めるのかまで説明すると、こよりも少しずつ理解できたようだった。
『思ってたより、めちゃくちゃちゃんと作るんですね』
「オリジナル曲だからね」
『もっと、完成した曲を渡されて、これ覚えてくださいって感じなのかと思ってました』
「それでも作れますけど、せっかく声を見つけてから渡すんだから、合わせた方がいいですよ」
『……頑張ります』
「無理はしなくていいです。仕事もあるんですよね?」
『平日は普通にあります』
「なら急がなくていいです。3か月くらいかけるつもりでいきましょう」
『3か月……』
「長い?」
『逆です。そんなに時間かけてもらっていいんだって思って』
「曲作るなら普通ですよ」
隼人にとっては、それほど特別な話ではなかった。
しかし、こよりにとっては違うらしい。
その温度差も含めて、今はまだ面白かった。
「あと、曲名なんですけど」
『もう決まってるんですか?』
「仮で考えてたものがあります。ただ、歌う人が決まってから最終的に決めようと思ってました」
『聞いてもいいですか?』
「もちろん」
隼人は制作ノートを開いた。
〈39〉を取得した日に浮かんだ言葉が、ページの端に残っている。
誰にも知られていない。
それでも、初めて声を出す。
1人に見つけてもらう。
そこから始まる未来。
それらを1つの文章へまとめた時、最も自然に残った言葉だった。
「『はじめまして、未来』」
通話の向こうで、こよりが息を呑んだ。
『……好きです』
「早いな」
『だって、今の曲聞いたあとなら分かります。私、そのタイトル好きです』
「じゃあ決まりでいい?」
『はい。お願いします』
隼人は制作ノートの仮表記を消し、改めて正式な曲名を書き直した。
【『はじめまして、未来』】
その下へ、歌唱担当の名前も加える。
【歌唱 白瀬こより】
まだ登録者は1,000人台で、配信へ来る視聴者も数十人しかいない。録音環境も十分ではなく、本人はオリジナル曲の作り方すら知らない。
だからこそ、この曲には合っていた。
最初から完成された人間が歌う必要はない。
むしろ、少し不安定なくらいでいい。
今から声を出そうとしている人間だからこそ、歌える言葉がある。
「じゃあ、次はこよりさんの声をもう少し詳しく確認します。歌いやすい曲を何曲か選んでもらって、録音送ってください」
『分かりました。何曲くらいですか?』
「3曲あれば十分です。低め、中間、高めでそれぞれ歌いやすいものがあると助かります」
『なるほど……今週末でも大丈夫ですか?』
「大丈夫ですよ。急がなくていいので」
『はい!』
通話を終えたあと、隼人は椅子へ深く座った。
画面には完成前の『はじめまして、未来』が残っている。
取得した直後は、自分には合わない曲だと思った。
それは間違っていなかった。
ただ、自分に合わないから使えないわけではなかった。
曲を作る人間と、歌う人間が同じである必要はない。自分では出せない声、自分では持てない立場、自分では歌えない言葉があるなら、それを自然に持っている誰かへ渡せばいい。
隼人は再生ボタンを押し、仮音源をもう一度聞いた。
今度は自分の声を想像しない。
少し息が混ざり、高い音へ上がるほど透明になるこよりの声を頭の中へ置いてみる。
「……やっぱり合うな」
ここから3か月。
まだ何者でもない新人VTuberのために、1曲を完成させる。
それは隼人にとっても、これまでとは少し違う音楽の作り方だった。
◇ ◇ ◇
最初の歌唱データが届いたのは、その週の日曜日だった。
指定した通り、こよりは低めの曲、中間の音域を中心にした曲、高音を多く使う曲の3種類を録音していた。機材の性能が高いわけではないため環境音や息の音も入っていたが、今の段階では声を確認できれば十分だった。
隼人は3曲を順番に聞きながら、音域だけではなく、声が太くなる位置や細くなる位置、無理なく伸ばせる高さ、息が抜けた時に最も透明感が出る場所を確認していく。
結果として、『はじめまして、未来』は最初の仮音源からキーを少し上げることになった。
普通なら、経験の少ない歌い手へ渡すなら低くした方が安全だと考えるかもしれない。しかし、こよりの場合は中低音を強く出そうとすると声の魅力が薄れ、少し高い位置で力を抜いた方が明らかに良かった。
旋律にも手を入れる。
Aメロでは音の上下を少し減らして言葉を聞かせ、Bメロから徐々に高さを上げる。サビでは最も透明感が出る音域を中心に置き、最後だけ少し高い音へ抜けるように変更した。
伴奏も同時に組み直していく。
シンセサイザー、ベース、ドラム、細かな電子音を別々に目立たせるのではなく、それぞれがこよりの声を邪魔しない位置へ収めていく。イントロでは軽く跳ねる音を残しながら、歌が始まった瞬間だけ中央を空けることで、細い声でも自然に前へ出るよう調整した。
作業を始めて数時間後。
仮歌をこよりの声へ差し替えた短いサビが完成した。
まだ粗い。
歌い方にも修正したい部分が多い。
それでも最初の一声が流れた瞬間、隼人は思わず笑った。
「うん。これだ」
自分で歌っていた時より、曲が若くなった。
明るくなったというより、まだ先を知らない声になった。
成功したあとから過去を振り返る歌ではなく、本当に今から何かが始まろうとしている人間の歌に聞こえる。
隼人はこよりへ修正内容を送った。
数分後、返信が届く。
【分かりました! もう一回録ってみます!】
さらに、その少しあと。
【今さらなんですけど、これ本当に私のオリジナル曲になるんですよね?】
隼人は思わず笑ってから返信した。
【今さらですね。】
すぐに返事が来る。
【まだ現実感がないです。】
隼人は少し考えてから、短く返した。
【完成する頃には嫌でも出てきますよ。】
3か月後に何回再生されるのかは、まだ誰にも分からない。
登録者がどれだけ増えるのかも分からない。
ただ、今の隼人が考えているのは数字ではなかった。
まず、この声で曲を完成させる。
話はそれからだった。




