表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第二部 隆造編後編 ― 時代に裂かれる布 ―
96/143

第二十三話 世界が揺れ、火は静かに燃えていた

世界の崩れ方は、

遠い国の新聞から始まるわけではない。


それは、

村の井戸端で交わされる

何気ない会話が変わることから始まる。


そしてある日――


一枚の紅型が、

思いもよらない場所へと

尚造を導くことになる。

1930年。

 

村の井戸端会議の話題が変わった。


挿絵(By みてみん)


「米が安くなったね」


「内地でも、仕事が減ってるらしいよ」


海の向こうで起きた

“世界恐慌”という出来事は、

ゆっくりと沖縄にも影を落としていた。



仲村家でも、

静かな変化が起きていた。


隆造は工房で黙々と作業を続ける。


売上は、確実に落ちていた。


尚綾はいつも通り笑い、

食事を整え、家を支える。


文は、主婦として家計を見直していた。


そしてある夜――


尚造が静かに口を開いた。


「……九州の方が、人が多いです」


家族が顔を上げる。


「人口が多い分、

 生活工芸としての紅型なら

 まだ売れるかもしれません」


隆造は、しばらく黙っていた。

やがて頷く。


「行ってみるか」


それだけで決まった。



数日後。


尚造と文は、九州へ向かった。


初めての夫婦だけの出張だった。



熊本。


市街地は、沖縄よりずっと賑やかだった。


露店を回りながら、

尚造は静かに紅型を広げる。


商人たちは興味深そうに見るが、

商売は簡単ではない。


それでも、反応は悪くなかった。



仕事の合間、

二人は阿蘇へ足を延ばした。


巨大な火口が、

静かに煙を上げている。


文は思わず息を呑んだ。


「……大きいですね」


尚造は火口を見下ろす。


風が強い。


しばらく黙ってから言った。


「……ここ、要塞に向いてますね」


挿絵(By みてみん)


文は驚く。


「え?」


尚造は外輪山を指差す。


「壁がある。出入口は限られる」


「中に入った軍は、逃げ場がない」


文は苦笑した。


「そんなこと考えるんですか?」


尚造は少し困った顔をする。


「地図を見ると、つい」


そして少し考えた。


「もし戦になって、

 敵が上陸してきたら――」


火口の向こうを見つめる。


「島なら、もっと簡単です」


「どうして?」


文が聞く。


尚造は静かに答えた。


「海が壁になるからです」


少し間を置く。


「逃げ道がない」


文は何も言わなかった。


ただ、尚造の横顔を見ていた。



その夜。


二人は温泉宿に泊まった。


湯気の立つ風呂のあと、

尚造は珍しく少しだけ笑った。


「……文さん」


「はい」


「こういう旅も、悪くないですね」


挿絵(By みてみん)


文も微笑んだ。


「はい」


それだけで十分だった。



翌日。


熊本市街地の露店で、

一人の男が紅型を見つめていた。


眼鏡をかけた、静かな男だった。


挿絵(By みてみん)


男は紅型を指でなぞる。


「……これは」


尚造は答える。


「紅型です」


男は頷いた。


「地形だけでなく、

 人の動線が描かれている」


尚造は驚いた。


「分かるんですか?」


男は少し笑った。


「仕事柄ね」


その男は名乗った。


八原博通(やはら ひろみち)


軍服ではないが、

立ち居振る舞いが少し違った。


「これは、いくらだ?」


尚造が提示した額を見て、

八原は即座に買った。


「安い」


尚造は言葉を失った。



別れ際、八原は言った。


「君、地図が好きだろう」


「……はい」


八原は静かに笑う。


「それは、武器になる」


尚造は、その意味を深く考えなかった。



沖縄に戻ると、

家計は一時的に持ち直した。


隆造は胸を撫で下ろす。


尚綾は何も言わず茶を出す。


文は、少し安心した顔で笑った。


仲村家に、平穏が戻る。


挿絵(By みてみん)


――表向きは。



数ヶ月後。


尚造の元に

一通の手紙が届いた。


差出人の名は書かれていない。


だが、尚造には分かった。


「あの人だ」


封を開ける。


そこには、短い言葉があった。



上海に来ないか。


世界が見える。



尚造は、少しだけ笑った。


この時、彼はまだ知らない。


この旅が、

家族の運命を大きく変えることを。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ