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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第二部 隆造編後編 ― 時代に裂かれる布 ―
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第十八話 歪みはじめる紅型、育っていく才能

幼子は

ただ成長しているだけだった。


笑い、転び、部屋を散らかし、

昨日できなかったことが

今日できるようになる。


それは、どの家にもある、

ごくありふれた幸福の光景だ。


だが――

その日、隆造の手元で、

紅型がわずかに歪んだ。


誰かが悪いわけではない。

何かが壊れたわけでもない。

ただ、少しだけ、

噛み合わなくなっただけだ。

尚造は、朝から元気だった。


畳の上を走り回り、

積み木を崩し、笑い声をあげる。


気がつけば

部屋のあちこちにおもちゃが転がり、

布切れや木片が散乱している。


「こら、尚造。

 そこは工房だぞ」


隆造が苦笑しながら声をかけると、

尚造は「はーい」と返事だけは良い。


だが、数刻もすれば

また同じことの繰り返しだった。


尚綾はそんな様子を

微笑ましく見守りながら、

片付けをしている。


「元気なのはいいことです」


「子どもは、

 多少散らかすくらいが

 ちょうどいいのでしょう」


「……そうですね」


そう答えながらも、

隆造の視線は布から離れなかった。


紅型の下絵。

島々の線、村の位置、海の流れ。


これまで何百回と

描いてきたはずの工程なのに、

今日はどうにも線が定まらない。


――集中できていない。


隆造は自覚していた。


尚造の足音。

木がぶつかる乾いた音。

何かを読み上げる、幼い声。


それらが不快なわけではない。

むしろ、愛おしい。


だが、布の前に立つと、

指先が微妙に狂う。


「……おかしいな」


隆造は一度、筆を置いた。

歪みはほんのわずかだ。

意識して見なければ分からない程度。


それでも、

隆造には分かってしまう。


「紅型が……

 歪んでいる」


尚綾が顔を上げた。


「失敗、ですか?」


「いえ。

 やり直すほどではありません」


「ただ……」


隆造は言葉を探し、

結局、曖昧に首を振った。


「今日は、少し休みます」


その足元で、尚造が積み木を並べている。

積み上げては崩し、また別の形を作る。


尚造は、

崩れた積み木をじっと見つめ、

まるで「どうすれば倒れないか」を

考えるような顔をしていた。


尚綾はその様子に気づき、

ふと手を止める。


(……この子)


だが、その違和感は、

すぐに尚造の笑顔にかき消された。


「父さま、見て!」


尚造が何かを差し出す。

隆造は顔を上げ、自然と微笑んだ。


「上手だな」


それだけで、

尚造は満足そうに笑う。


その笑顔を見て、

隆造の胸の奥に、

奇妙な痛みが走った。


紅型の歪みなのか。

自分自身の歪みなのか。


隆造には、まだ分からなかった。



挿絵(By みてみん)



(つづく)

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