第九話 婚礼衣装制作開始
――そして、胃薬三錠目
仲村工房・午後。
作業台の上に
新しい反物が広げられている。
健太
「継、聞いたぞ」
継
「何を」
彩乃
「プロポーズ」
健太
「河川敷」
継
「情報早いな」
彩乃
「女子LINE」
継
「だろうな」
健太
「で、成功?」
継
「成功」
健太
「おお」
彩乃
「林社長、なんて言ったんです?」
継
「“一緒に生活を引き受けてほしい”」
健太
「真面目!」
彩乃
「意外!」
継
「本人も驚いてた」
健太
「どういうこと?」
継
「理論を使わなかった」
彩乃
「奇跡」
健太
「世界初」
⸻
奥の席から声がした。
ジョン
「ドッグファイトですね」
三人、振り向く。
継
「また増えた」
ジョンは常連席で
コーヒーを飲んでいる。
健太
「ドッグファイト?」
ジョン
「理論ではなく
操縦技術で勝つ戦闘です」
彩乃
「恋愛に例えるのやめてください」
ジョン、真顔。
ジョン
「エースパイロットは
最後、理屈を捨てます」
継
「プロポーズだ」
健太
「林社長、エース?」
ジョン
「今回の作戦では」
継
「作戦じゃない」
彩乃
「でも成功したんですよね?」
継
「した」
健太
「すげえ」
ジョン
「着艦成功ですね」
継
「違う」
ジョン
「空母」
継
「違う」
ジョン
「母港」
継
「結婚だ」
彩乃、笑いをこらえる。
健太
「林社長、今どんな状態?」
継
「多分」
一拍。
「緊張してる」
ジョン、頷く。
ジョン
「初出撃ですね」
継
「違う」
健太
「新婚旅行は?」
継
「まだ決めてない」
ジョン
「滑走路の長い空港をおすすめします」
継
「旅行だ」
ジョン
「F-15が降りられる」
継
「旅行だ」
彩乃
「もうダメ(笑)」
健太
「継、胃薬いる?」
継
「今回はいらない」
健太
「お?」
継
「今日は平和だ」
ジョン、コーヒーを置く。
ジョン
「嵐の前ですね」
継
「結婚式がある」
健太
「確かに」
彩乃
「それ嵐ですね」
継
「だろ」
ジョン
「空母でも荒れます」
継
「家庭だ」
⸻
仮縫い・林到着
ネイビー地、裏に控えめな紅型。
鏡の前に立つ林明浩。
林
「……不思議だな」
継
「何が」
林
「勝ちに行く服じゃないのに落ち着く」
彩乃(小声)
「もう完全に生活側の人ですね」
健太
「“世界”じゃなく“家庭”仕様」
林、聞いてない。
⸻
採寸終了後
林、珍しく落ち着かない様子。
継、嫌な予感。
継
「……何だ」
林
「一つ、頼みがある」
継
「断る」
林
「まだ言っていない」
継
「その言い方の時点で胃に来る」
林、真顔。
林
「友人代表スピーチをお願いしたい」
空気、停止。
⸻
三秒後
継
「……誰が?」
林
「君だ」
継
「やめろ」
林
「理由は論理的に説明できる」
継
「やめろと言ってる」
健太
「継、顔色、紙だぞ」
彩乃
「胃薬、追加します?」
継、即座に服用。
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林の理屈(短く)
林
「君は
・出会いの起点
・暴走防止装置
・唯一、逆らえる人間」
継
「それ全部やりたくない理由だ」
林
「だが最適解だ」
継
「人生を最適化するな」
⸻
決定打
林、少し言いづらそうに。
林
「白石さんが“継くんがいい”と」
継
「…………」
健太
「詰んだな」
彩乃
「逃げ場消えました」
継、天井を見る。
継
「……何を話せばいい」
林
「事実でいい」
継
「どの」
林
「君が見た僕の変化」
継、沈黙。
⸻
継の本音
継
「……世界に勝つ人間が
一人に負ける瞬間を
見た話でいいか」
林、少し笑う。
林
「それが一番誠実だ」
継
「胃が死ぬ」
⸻
〆・職人たち
彩乃
「でも」
健太
「それ最高のスピーチだ」
彩乃
「“強さ”じゃなく“降り方”の話」
継、ため息。
継
「衣装作りより難易度高い」
健太
「結婚ですから」
彩乃
「最難関コンテンツです」
⸻
継・独白
婚礼衣装は
人生を包むための布だ。
そして
友人代表スピーチは
その人生を証言する役目だ。
――俺は今日
胃を犠牲にそれを引き受けた。
⸻
(つづく)




