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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第六十四話 父へ

彩花が、新しい家族を作った。


その翌日。


今度は――

美咲と隆司が、

一人の父親のもとへ向かう。


もう、この世にはいない父。

けれど、娘の人生を、

誰よりも見守ってきた父。


尚造。


27年の時を越えて、

家族は再び、彼の前に集まる。


言えなかったこと。

伝えたかったこと。

そして、受け継いだもの。


すべてを、父に報告するために。

翌朝。


海は、静かだった。


昨日と同じ。

青い空。

白い雲。


けれど――


仲村家の人々にとって、

今日は少しだけ違う朝だった。


昨日。


彩花が結婚した。

一人の娘が、新しい家族をつくった。


そして今日。


もう一つの家族が、

これから始まろうとしていた。


⸻


平和祈念公園。


静かな風が吹いていた。


美咲。

隆司。

文。

そして、バックナー。


四人は、ゆっくりと歩いていた。


手には、花。

誰も多くを語らなかった。


挿絵(By みてみん)


やがて――

一つの墓の前で、足が止まる。


仲村尚造。


戦争の中で命を落とし、

それでもなお、

家族のそばに残り続けた男。


文が、静かに花を置く。


「……尚造さん」


挿絵(By みてみん)


風が吹く。


白い服が、わずかに揺れた。


バックナーも花を置く。


「……久しぶりだな」


その声は、

少しだけ照れくさそうだった。


「まあ……」


「昨日は忙しかったからな」


文が笑う。


「彩花ちゃんの結婚式でしたからね」


「そうだったな」


バックナーが苦笑する。


美咲と隆司は、

並んで墓の前に立った。


二人は顔を見合わせる。

美咲が小さく頷いた。


そして――


隆司が一歩前へ出る。


「尚造さん」


少しだけ間を置く。


「……お義父さん」


美咲が横を見る。


隆司は、まっすぐ墓を見つめていた。


「美咲さんを――」


「必ず幸せにします」


挿絵(By みてみん)


美咲が、すぐに口を挟んだ。


「隆司さん」


「ん?」


「一緒に幸せになるんですよ」


隆司が少し驚く。


そして、苦笑した。


「……そうだな」


「はい」


美咲も笑った。


その光景を、

文とバックナーは静かに見ていた。


⸻


そのとき。


墓の向こう側。

誰にも見えない場所に――


尚造が立っていた。

穏やかな顔だった。


「……大きくなったな」


美咲を見る。


そして隆司を見る。


「昔は、あんなに小さかったのに」


文が、ふと顔を上げる。


「……何か言いました?」


尚造は笑った。


「いや」


「何でもないよ」


美咲が墓に手を添える。


「お父さん」


「私たち、結婚しました」


尚造は、目を細めた。


「うん」


「おめでとう」


その声は、誰にも届かない。


けれど――


美咲は、なぜか少しだけ笑った。


「……なんか」


隆司が見る。


「どうした?」


「お父さん、喜んでる気がする」


隆司も墓を見る。


「……そうだな」


バックナーが小さく笑った。


「きっと喜んでるさ」


尚造は、その言葉を聞いていた。


「……ありがとう、バックナー」


⸻


しばらくして。


文が、ゆっくり口を開いた。


「……尚造さん」


尚造が振り返る。


文は、墓を見つめたまま話していた。


「私ね」


「ずっと、あなたに言いたかったことがあるんです」


尚造の表情が変わる。


バックナーも黙って聞いていた。


「私は……」


文は、一度息を吸った。


「あなたが死んだことを」


「ずっと許せませんでした」


風が止まる。


「戦争だったから仕方ない」


「そんなふうに言われても」


「私は、嫌でした」


「あなたがいなくなったことが」


「美咲も、彩花も……」


「あなたに会えないことが」


文の声が、少し震える。


「ずっと……悔しかった」


尚造は、何も言わない。


「そして――」


文は、バックナーを見る。


「あなたが来た」


バックナーの目が伏せられる。


「最初は、本当に憎かったんですよ」


「あなたは、敵だった」


「あなたの軍隊と戦って」


「尚造さんは帰ってこなかった」


バックナーは黙って聞いている。


「だから……」


文は、小さく笑った。


「あなたが村にいるのが、嫌でした」


「それでも――」


「あなたは、彩花を育てた」


「美咲も守った」


「工房も守った」


「そして……」


文は、少しだけ目を細める。


「沖縄も、守ろうとしてくれた」


バックナーが顔を上げる。


「だから」


文は静かに言った。


「いつの間にか、憎めなくなっていました」


尚造は、静かに笑った。


「……そうか」


文は墓に向き直る。


「あなたにも、謝らないといけませんね」


「私、何度もバックナーさんに怒りました」


バックナーが苦笑する。


「何度もな」


「でも――」


文は微笑んだ。


「家族を、ちゃんと守ってくれました」


バックナーは、しばらく黙っていた。


そして――


「……俺も」


小さく口を開く。


「尚造には、ずっと申し訳ないと思っていた」


「俺は、お前の敵だった」


「そして、お前の家族のそばにいることになった」


「……おかしな話だよな」


尚造が笑う。


「そうだね」


バックナーが墓を見る。


「でもな」


「俺は、沖縄に来てよかったと思ってる」


「お前がいなかったら、俺はここにいなかった」


「彩花にも会えなかった」


「文さんにも」


「美咲にも」


「……みんなにも」


少しだけ間を置く。


「だから」


「ありがとう」


尚造は目を伏せた。


「……こちらこそ」


⸻


風が吹く。


海の向こうから、

穏やかな潮の香りが流れてくる。


文は、そっと目を閉じた。


「……長かったですね」


尚造が答える。


「ああ」


「27年」


「長かった」


「でも――」


文が笑う。


「ちゃんと、ここまで来ましたね」


尚造は、家族を見る。


美咲。

隆司。

文。

バックナー。


そして――


遠くには、

昨日結婚した彩花の姿を思い浮かべる。


「……うん」


「みんな、ちゃんと生きてる」


⸻


美咲が、ふと手に持っていた包みを開いた。


中から、一枚の布が現れる。


白地に、沖縄の海と空。

村の風景。

人々。


そして、その裏面には――

幾つもの文字が描かれている。


尚造が目を細めた。


「それが……」


「はい」


美咲が頷く。


「『沖縄返還協定』紅型です」


文が誇らしそうに笑う。


「あなたの技術」


「美咲がちゃんと受け継いでくれましたよ」


尚造は、布を見つめる。


「……すごいな」


「お父さんの作品を、私なりに研究しました」


「僕より、ずっと上手い」


「そんなことないですよ」


「いや」


尚造は笑う。


「僕には描けなかったものが、そこにある」


美咲は、布を見る。


「まだ、完成じゃありません」


「残り二つの約束が叶って」


「それが全部つながった時に――」


「完成するんです」


尚造は、しばらく黙っていた。


そして――


少し寂しそうに笑う。


「……完成できるかな」


美咲が顔を上げる。


「え?」


尚造は、三人を見る。


「僕の『日米地位協定』も」


「『つなぐもの』も」


「結局、完成しなかったから」


文が、静かに尚造を見る。

バックナーも、何も言わなかった。


尚造は、

遠くの海を見つめる。


「紅型は、描いた人だけでは完成しない」


「その先の誰かが、続きを描く」


「だから――」


「僕には、最後まで描けなかったのかもしれない」


美咲が一歩、前へ出る。


「お父さん」


尚造が振り返る。


そのとき――


「完成しましたよ」


声がした。


挿絵(By みてみん)


⸻


四人が振り返る。


「……え?」


そこには誰もいない。


風だけが吹いている。


美咲が首を傾げる。


「今……誰か」


尚造は、目を見開いていた。


聞き覚えのある声。

ずっと遠く。


けれど――


確かに聞こえた。


「『沖縄返還協定』、完成しました」


尚造が、ゆっくり笑う。


「……そうか」


その声の主は――


まだ、この時代にはいない。


けれど。


確かに、

この家族の物語の先にいる。


⸻


そして――


時代は、流れていく。


1972年。

沖縄が日本へ復帰した、その年から――


さらに73年。


2045年。

世界は、また新しい時代を迎えていた。


その場所にも――

沖縄の海があった。


そして。


三枚の紅型が、

静かに並んでいた。


挿絵(By みてみん)


⸻


『日米地位協定』


『つなぐもの』


そして――


『沖縄返還協定』


三枚の紅型。

三つの時代。


三世代にわたって受け継がれた、

一つの物語。


その前に、一人の青年が立っていた。


仲村継。


彼は静かに、

三枚の紅型を見つめていた。


そして――


小さく笑った。


「……完成しましたよ」


⸻


(つづく)

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