第二十六話 その文化は、どこで値段がつくのか
文化は、
守るだけでは残らない。
売るだけでは、
残らない。
その間にあるものを
人はまだ名前で呼べない。
それを決めるのは、
歴史ではない。
人だ。
東京。
高層ビルの最上階。
夜。
窓の向こうには、
都市の灯り。
その中央にあるのは——
長い会議テーブル。
テーブルの上には
一枚のタブレット。
林明浩が座っている。
その向かい。
仲村継。
静かな空気。
林が口を開く。
「国立博物館に預ける、ですか」
継は答える。
「ええ」
林は頷く。
「良い判断です」
一拍。
「ですが」
林はタブレットを操作する。
画面が回転する。
そこには——
数字。
桁の多い数字。
林が言う。
「参考価格です」
継は何も言わない。
林は続ける。
「匿名オークション」
画面が変わる。
「中東」
「欧州」
「アジア」
さらに数字。
「推定落札額」
——数十億円。
沈黙。
林が言う。
「文化財ですから」
「値段はつきます」
継は画面を見る。
静かに言う。
「……高いですね」
林は笑う。
「いいえ、安い」
継は顔を上げる。
林が続ける。
「これは布です」
「絵画ではない」
「彫刻でもない」
「宝石でもない」
しかし。
林は言う。
「これは歴史です」
継は黙る。
林はさらに言う。
「あなたの祖先、尚造」
継の目がわずかに動く。
林は続ける。
「彼は市場を理解していた」
「だから隠した」
沈黙。
継が言う。
「……違います」
林が見る。
継は言う。
「尚造さんは、売らなかった」
林は笑う。
「同じことです」
継は首を振る。
「違います」
一拍。
「守ったんです」
林は言う。
「守る」
一瞬。
林は静かに笑う。
「守るとは、価値を固定することです。
市場に出ない文化は、死んでいる」
沈黙。
継は言う。
「文化は、人が見るものです」
林は答える。
「市場も人です」
一拍。
林はタブレットをもう一度回す。
画面。
世界地図。
その中央。
日本。
林が言う。
「あなたが守ろうとしている文化」
「世界は欲しがっている」
継は言う。
「売る気はありません」
林は頷く。
「知っています」
林は少し前に身を乗り出す。
「だから」
一拍。
「選択肢を示している」
沈黙。
林が言う。
「もし、あなたが売らないなら」
一瞬。
林は笑う。
「世界が買いに来る」
静寂。
継は黙る。
林が続ける。
「そしてその時」
一拍。
「あなた一人では守れない」
沈黙。
継は窓の外を見る。
夜の東京。
灯り。
無数の灯り。
継は言う。
「……林さん」
林が答える。
「はい」
継は言う。
「あなたは」
一拍。
「文化を愛していますか?」
沈黙。
林は少し考える。
そして言う。
「いいえ」
静かな声。
「私は」
一拍。
「未来を愛している」
継は黙る。
林は言う。
「文化は」
「未来に残って初めて価値がある」
沈黙。
林が立ち上がる。
「今日はここまでにしましょう」
継も立つ。
林は言う。
「次は」
一拍。
「私が提案します」
継は聞く。
林が微笑む。
「市場は」
「待ってくれません」
林は去る。
扉が閉まる。
静寂。
継はタブレットを見る。
数字。
巨大な数字。
継は小さく言う。
「……値段か」
沈黙。
継は呟く。
「尚造さん」
一拍。
「あなたなら、どうしますか」
夜は続く。
⸻
(第二十六話 了)




