第八話 地下へ、そして前線へ――振り返るな
艦砲射撃は、
撃つ側だけの戦争ではない。
撃たれる側には、
「どこへ逃がすか」
「何を守るか」という、
別の戦いがある。
その最前線に立たされたのが、
一人の紅型職人だった。
1945年3月末。
沖縄本島西岸。
爆煙が、空を覆っていた。
地面は何度も揺れ、
耳鳴りは止まらない。
――ドォォォォン!!
また着弾した。
隆司
「っ!!」
思わず振り返る。
そして――
「あ……」
倒れていた。
同じ村の男だった。
以前、
「腹減ったろ」
と笑いながら芋を分けてくれた男。
肩から血を流し、
震える手をこちらへ伸ばしていた。
「た……す……」
隆司
「待ってください!!」
走ろうとした。
だが腕を掴まれる。
村男Bだった。
「……振り返るな」
隆司
「でも!!」
村男Bは前を向いたままだった。
表情が硬い。
静かだった。
「ガダルカナルで覚えた」
「一人助けようとすると」
「二人死ぬ」
隆司
「……っ」
言葉が出ない。
後ろでまた爆音。
――ドォォォォン!!
薬丸
「……行くぞ」
前を見る。
声だけが静かだった。
尚造も振り返らなかった。
ただ、少し目を伏せる。
「隆司くん」
「今戻ったら」
「全員死ぬ可能性があります」
少しだけ間が空く。
「……ごめんなさい」
隆司は唇を噛んだ。
そして、前へ走った。
もう振り返らなかった。
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しばらく走る。
その途中で、
村男Bが立ち止まった。
「俺はここだ」
隆司
「え?」
村男Bは後ろを親指で示した。
「海岸根拠地隊本隊がいる」
「上官の所へ戻る」
薬丸が頷く。
「俺たちは南だ」
「首里へ戻る」
一瞬、全員が黙る。
村男Bは笑った。
「死ぬなよ」
隆司
「……そっちも」
村男B
「保証はできんな」
苦笑した。
次の瞬間。
また砲弾が落ちた。
――ドォォォォン!!
「じゃあな!」
爆煙の中、村男Bは消えた。
⸻
首里城周辺。
尚造たち諜報班は、
轟音の隙間を縫うように走った。
地面が揺れる。
空気が熱い。
隆司
「はぁ……はぁ……」
小林
「な、なんとか……戻れました……」
薬丸
「よく着いてきた」
尚造
「皆さん無事で何よりです」
息一つ乱れていない。
隆司
(なんでこの二人は平気なんだ……)
⸻
首里城。
第32軍司令部。
空気は張り詰めていた。
薬丸が地図を広げる。
「艦砲射撃は北西方向です」
「海岸線全体を測るように撃っています」
尚造が地図を指差す。
「この補給路は危険です」
「民間人避難は地下壕経由へ」
「こちらの導線なら損害を減らせます」
将校たちが地図を覗く。
八原
「……尚造」
「君の報告は、いつも正確だな」
長
「この精度なら部隊再配置もできる」
「諜報班の宝だ」
尚造は少し照れた。
「いえ」
「見たまま整理しているだけです」
牛島が二人を見る。
「薬丸くん」
「次はこれを前線へ直接伝えてほしい」
薬丸
「伝令任務ですね」
「了解」
尚造は少し嬉しそうだった。
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諜報班詰所。
尚造
「参謀長」
「地図を貸してくださり、
ありがとうございました」
長は嫌な予感がした。
長
「……待て」
尚造
「はい?」
長
「君は今までにも、
『少し便利にしました』と言って
常識外れの物を作っていないか?」
尚造(考える)
「地下壕全体図とか、
避難経路一覧とか、
補給経路整理表くらいですね」
長
「くらい……?」
八原
「参謀長」
「今さら止めても、もう遅い気がします」
長は静かに目を閉じた。
隆司
「……なんか今、
嫌な予感しませんでした?」
小林
「します」
薬丸
「俺もだ」
尚造だけが笑顔だった。
尚造は懐から布を取り出す。
「携帯版を作りました」
隆司
「……え?」
首里地下壕地図。
しかも小型版だった。
小林
「持ち運べるようにしたんですか!?」
尚造
「迷子防止です」
全員が頭を抱えた。
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紅型職人。
自称・軍人バイト。
だがこの時、
誰もまだ気づいていなかった。
この男が――
“伝える側”ではなく、
戦場そのものを動かし始めていることを。
⸻
(つづく)




