表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第四部 尚造編 ― 時と海を越える遺志 ―
PR
225/230

第三話 開かずの間

仲村家には、

長年誰も開けなかった部屋がある。


尚造の死後、

時間だけが積もり続けた場所。


それは、ただの物置ではない。


戦後100年の平和の下に眠っていた、

“記録”の入口だった。

2045年7月上旬。

 

沖縄では、

朝から強い日差しが照りつけていた。


仲村家の前には、

小型トラックが停まっている。


「うわぁ……」


作業員の一人が、

廊下の奥を見て苦笑した。


「マジで昭和のまんまですね」


長年閉ざされていた和室。


“開かずの間”。


継は腕を組みながら、

静かに襖を見つめていた。


「……まぁ、

 そう簡単には片付かないと思います」


襖には、

薄く埃が積もっている。


誰も開けなかった部屋。


いや。


開けられなかった部屋だった。


継はゆっくりと鍵を回す。


そして――

襖を開いた。


挿絵(By みてみん)



部屋の中には、

静かな空気が残っていた。


古い机。

本棚。

積み重なった資料。

紅型の布見本。


窓際には、

色褪せた地図。


そして、大量の本。


「……書斎だ」


挿絵(By みてみん)


澪が小さく呟く。


文造は目を丸くした。


「ひいおじぃ、

 こんな部屋持ってたんだ……」


継は静かに室内を見回した。


父・隆司から鍵を渡された時、

一度入った記憶はある。


だが、

ちゃんと見たことはなかった。


尚造が死んでから、

母・美咲も、

この部屋にはほとんど触れなかった。


業者たちが窓を開け、

埃を掃除し始める。


差し込んだ光の中で、

細かな塵が舞っていた。


まるで、

止まっていた時間が、

ゆっくり動き出すようだった。



昼過ぎ。


業者が帰った後、

継たちは遺品整理を始めていた。


「うわ、本めっちゃある……」


澪が本棚を見上げる。


戦史。

地理。

地質学。

建築。

数学。

染色。

英語。


並んでいる本の分野が、

あまりにもバラバラだった。


「ひいおじぃ、何者?」


「俺もよく分からん」


継は苦笑した。


文造は机の引き出しを開けながら、

ぽつりと呟く。


「……ねぇ父さん」


「ん?」


「ひいおじぃって、どんな人だったの?」


継の手が止まった。


少しだけ考えてから、

ゆっくり口を開く。


「美咲さんから聞いた話だと、

 優しくて穏やかな人だったらしい」


澪が顔を上げる。


「へぇ」


「村の学校で先生もやってたって」


「先生!?」


「あと、紅型の天才だったらしい」


継は古い布見本を手に取った。


繊細な模様。


複雑な色彩。


今見ても、異様な完成度だった。


「美咲さん、尚造さんのこと尊敬してたよ」


その声は、どこか静かだった。



――1955年。


夏。


まだ幼い美咲は、

縁側で布を広げていた。


隣には、母・文。


「そこ、力入れすぎないの」


「うん……」


幼い手が、

ぎこちなく型紙を押さえる。


文は優しく笑った。


「お父さんはね、

 本当に器用な人だったのよ」


「お父さん?」


「そう。穏やかで優しくてねぇ」


風が吹く。


庭の風鈴が鳴った。


「村の先生もやってて、

 みんなから慕われてたの」


美咲は目を輝かせる。


「すごい!」


「それにね」


文は少し誇らしそうに笑った。


「天才だったの」


挿絵(By みてみん)


夏の日差しが、

鮮やかな布を照らしていた。



2045年。


「……え?」


澪が突然、

古い封筒を持ったまま固まった。


「どうした?」


「いや待って」


封筒の差出人欄。


そこには、

こう書かれていた。


『八原博通』


「えぇぇぇぇっ!?」


挿絵(By みてみん)


澪が絶叫した。


文造がびくっと肩を震わせる。


「うるさ!?」


「ひいおじぃ、

 八原博通と本の貸し借りしてたの!?」


「え?八原さん?」


継が首を傾げる。


「時々うちの工房に絹送ってくれる、

 鳥取の農家さんだろ?」


「いやいやいやいや!!」


澪が勢いよく振り返る。


「ミリオタ界隈だと超有名人だから!」


「そうなの?」


「そうなの!」


澪は興奮したまま、

手紙を読み始める。


『先日お借りした地形資料、

 大変興味深く――』


「ガチで研究仲間じゃん……」


継は苦笑した。


「類友だったんだろ」



その頃。


文造は、

床に積まれた本を見つめていた。


「うーん……」


一冊持ち上げる。


分厚い。


しかも難しい。


「何書いてあるか、さっぱり……」


地質図解析。


戦略地形論。


兵站構築学。


小学生には、

完全に未知の世界だった。


継は苦笑しながら、

古いノートをめくる。


「……ジョンなら、何か分かるかもな」


「呼ぶ?」


「あとで連絡する」


その時だった。


本棚の奥。


古い木箱が、

僅かに見えた。


誰かが、

意図的に隠したような位置。


継は目を細める。


「……なんだ、これ」


挿絵(By みてみん)


箱には、

古い鍵が掛かっていた。



同時刻。


太平洋上空。


大型軍用輸送機の内部。


薄暗い貨物室では、

重々しい振動音が響いていた。


固定された巨大コンテナ。


厳重な警備。


若い兵士が、

隣に立つ男へ声をかける。


「スティーブンス副司令官」


ジョンは腕を組んだまま、

コンテナを見つめていた。


「……何だ」


「それ、何なんです?」


数秒の沈黙。


ジョンは、

小さく息を吐いた。


「……知らない方がいい」


貨物室の奥。


黒いコンテナには、

赤い管理コードが刻まれている。


“CA-OKN-1945-001”


挿絵(By みてみん)


輸送機は、

静かに沖縄へ向かっていた。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ