第二話 平和の中、継は布団を広げた
2045年。
沖縄は、あの日から100年を迎えようとしていた。
戦争を知る者は減り、
記憶は資料となり、
かつての傷跡は、少しずつ日常へ溶け込んでいく。
それでも、人は生きている。
笑って、
働いて、
誰かを好きになって、
家族を作る。
これは、“嵐”が帰ってくる前の物語。
仲村家にとって、
最後の静かな夜である。
2045年。沖縄北部。
新基地近くの海浜公園では、
夕陽が芝生を赤く照らしていた。
「遅い!」
乾いた声が飛ぶ。
「その速度で遮蔽物に入ったら、
狙撃された時点で終わりだ!」
「はいッ!」
仲村澪は汗を拭いながら駆け込んだ。
黒いTシャツ。
迷彩パンツ。
短く結んだ髪。
まだ十五歳の少女だが、
動きには妙な鋭さがある。
その様子を見て、
ジョン・スティーブンスは腕を組んだ。
「……悪くない」
「だが“見えてから動く”な。
“見える前に考えろ”」
「はい、教官!」
「教官はやめろ」
「じゃあジョン准将!」
「もっと悪い」
澪はけらけら笑った。
近くでは、
観光客の家族連れがのんびり歩いている。
その向こうには海。
そして、新基地の巨大なシルエット。
戦後100年の沖縄だった。
⸻
仲村工房。
工房の中では、
子どもたちの笑い声が響いていた。
「そこ、力入れすぎー!」
彩乃が笑いながら声をかける。
「染料がにじむよ!」
「えぇ〜っ!?」
金髪の少年が慌てて布を持ち上げた。
隣では、
仲村文造が真剣な顔で型紙を押さえている。
「ゆっくりやれば大丈夫」
「ほら、ここ」
「おお……!」
アメリカ人の少年が目を輝かせた。
健太は腕を組み、満足そうに頷く。
「上手くなったなぁ、文造」
「まだまだだよ」
文造は少し照れ臭そうに笑った。
工房の奥。
仲村継は作業台を拭きながら、
静かにその様子を見守っていた。
「平和だねぇ」
常連客のナナコが呟く。
「ほんとにな」
ジャックがコーヒーを片手に笑った。
沖縄の子どもと、
アメリカの子どもが、
同じ机で紅型を学ぶ。
100年前なら、
想像もできなかった光景だった。
⸻
夜。
仲村家。
食卓には沖縄料理が並び、
テレビではローカルニュースが流れている。
「いただきます」
四人の声が重なった。
ジョンはゴーヤーチャンプルーを見つめ、
微妙な顔をする。
「……まだ慣れん」
「えぇ〜?
ジョンさん、もう沖縄長いじゃん」
澪が笑う。
「苦いものは苦い」
「子どもかよ」
継が呆れたように言った。
文造は笑いながら、
海ブドウをすすっている。
その光景は、
どこにでもある家族の夕食だった。
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ふと継が口を開く。
「そういえばさ」
全員が顔を上げる。
「家、そろそろ限界なんだよね」
「限界?」
「老朽化」
「柱も傷んでるし、
一回全部整理して、
建て替えた方がいいと思ってる」
「おお〜!」
澪が少し楽しそうに身を乗り出す。
「じゃあ例の“開かずの間”も?」
――その瞬間。
空気が少し止まった。
文造が箸を止める。
ジョンも黙った。
仲村家の奥にある和室。
長年、
誰も入らなかった部屋。
「……あそこ、マジで入るの?」
澪の声が少しだけ小さくなる。
継は苦笑した。
「俺だって怖いよ」
「なんで開けなかったの?」
「戦後、ほとんどそのままだから」
尚造が死んでから、
誰も整理できなかった。
いや。
しなかったのだ。
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食後。
リビングの大型モニターに、
モーガンの顔が映る。
『聞いたわよ。
澪、またジョン相手に突撃したんですって?』
「今回は遮蔽成功した!」
『海戦なら三秒で沈むわね』
「陸戦だから問題なし!」
ジョンが鼻で笑う。
「航空優勢を取られた時点で終わりだ」
「いや空軍関係ないじゃん!」
『海を制した側が勝つのよ』
「また始まった……」
継が頭を抱える。
モーガン、ジョン、澪。
三人のミリオタ議論は止まらない。
「だから上陸作戦ってのは――」
『補給線を甘く見ると――』
「制空権が――」
文造が小声で呟く。
「父さん、これいつ終わるの?」
「諦めろ」
継は遠い目をした。
⸻
深夜。
寝室。
文造が、
一枚の布団を丁寧に広げていた。
藍色の日本列島。
紅型で染められた、
手作りの布団だった。
「よし!」
「お前、それ気に入ってるなぁ」
継が笑う。
「だって綺麗じゃん」
澪は先に潜り込み、欠伸をした。
「今日は疲れた……」
川の字。
中央に文造。
片側に継。
反対側に澪。
静かな夜だった。
継は天井を見上げる。
(平和になったな)
心から、そう思った。
昔とは違う。
戦争の話をしても、
子どもたちは笑っている。
アメリカ人と沖縄の子どもが、
同じ工房で遊んでいる。
それでいい。
それが、
尚造の望んだ未来だったはずだ。
継は、
隣で眠る子どもたちを見た。
そして、
静かに目を閉じる。
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――その時。
家の奥から。
「……パキ」
小さな音がした。
古い木が、
軋むような音だった。
誰も気づかない。
仲村家の奥。
長年閉ざされていた“開かずの間”で、
何かが、静かに目を覚まし始めていた。
⸻
(つづく)




