記録007|観測|ロシア:使用可能性
芸術として見る者は少なかった。
多くは、“使えるか”を確認した。
モスクワ。
空気が、痛い。
「……寒いですね」
尚造が白い息を吐く。
「冬ですから」
継はコートの襟を上げた。
尚造は、自分の手を見る。
「感覚があります」
「幽霊なのに?」
「記憶が寒がっています」
継は少しだけ黙った。
「便利な設定ですね」
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空港。
継が端末を操作している。
「……まだですか?」
「確認中です」
「入れないのですか?」
「ビザが必要です」
尚造は少しだけ首を傾げた。
「“どこでも行ける”と言ってませんでしたか?」
「“大体”です」
「減っていますね」
継は否定しなかった。
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車窓の外。
雪混じりの街並み。
尚造が、静かに呟く。
「……ここ、ソ連ですよね?」
継は、一瞬だけ黙った。
「今はロシアです」
尚造は、少し考える。
「……別れたんですか?」
「はい」
「いつです?」
「かなり前です」
尚造は窓の外を見る。
「……負けたのですか」
継は、すぐには答えなかった。
「簡単には言えません」
一拍。
尚造が、小さく頷く。
「なるほど」
さらに沈黙。
そして——
「……では、今は敵ではないのですね」
継は少しだけ困った顔をした。
「それも、難しい質問です」
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地下鉄の入口。
長いエスカレーターが、地下へ続いている。
「深いですね」
「かなりです」
継は、少し疲れた顔をしている。
「まだですか?」
「まだです」
尚造は、周囲を見回した。
「良い地下空間ですね」
「楽しそうですね」
「防御性があります」
「またそれですか」
「換気も優秀です」
継はため息をつく。
「洞窟レビューやめてください」
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ホーム。
列車が静かに入ってくる。
装飾は豪華だ。
「地下なのに、立派ですね」
「昔から重要だったので」
尚造は、天井を見上げる。
「……避難にも使えます」
「今日はそういう話しかしないんですか?」
尚造は真面目に頷いた。
「重要ですから」
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広場。
雪の残る石畳。
人々は無言で歩いている。
「静かですね」
「寒いので」
「合理的です」
継は少しだけ笑った。
「ロシアっぽいですね」
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「着きました」
展示施設。
無機質な建物。
余計な装飾がない。
「ここは?」
「展示場です」
「美術館ではないのですか?」
「技術系です」
尚造は、小さく頷いた。
「なるほど」
⸻
特設展示室。
床の下に——
“それ”。
色が重なり、線が走る。
複雑だが、どこか機械的でもある。
尚造は静かに立ち止まる。
「……構造がありますね」
「そう見えますか」
「はい」
一歩、踏み出す。
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最初の来場者。
軍服姿の男。
床を見る。
「これは、何を想定している?」
継が答える。
「断定はされていません」
男は眉をひそめた。
「用途は?」
「決まっていません」
長い沈黙。
「……未完成か」
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次に来たのは、技術者だった。
ガラスの上に立つ。
視線が動く。
端から端へ。
「効率が悪い」
継が問う。
「そう見えますか」
「整理不足だ」
一拍。
「だが、意図はある」
尚造は黙って聞いていた。
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三人目は、一般の来場者だった。
若い女性。
「綺麗ですね」
継が頷く。
「そうですか」
女性は少し考えた。
「……でも、役に立たなそう」
尚造が小さく笑った。
「分かりやすいですね」
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そのとき。
一人の老人が、ゆっくり近づいてきた。
床を見る。
長い沈黙。
そして。
「これは、使えるのか」
誰に向けたのでもない声。
継は答えない。
老人は続ける。
「使えないものは、生き残れない」
尚造が静かに問う。
「では、使えるものだけ残るのですか?」
老人は、少しだけ笑った。
「そういう時代を見た」
それ以上は、何も言わなかった。
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会場は静かだった。
誰も、“美しい”とは言わない。
誰も、“芸術”とも言わない。
ただ——
使えるかどうかだけを、
測っている。
尚造は、床の下を見る。
「継くん」
「はい」
「ここでは、“使えるかどうか”なのですね」
「そういう人が多いです」
「分かりやすいですね」
「いいことですか?」
尚造は、少しだけ考えた。
「……どうでしょうね」
継は何も言わなかった。
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その日。
展示は予定通り終了した。
評価は、比較的一致していた。
ただ——
最後まで、
それが何なのかを、
説明する者は一人もいなかった。
⸻
(つづく)




