第四十六話 1992年ーー運ぶ者たち
噂は、形を変えて残る。
真実は、ときに忘れられ。
けれど――
誰かが、それを運び続ける。
名前も知らないまま。
意味も分からないまま。
それでも。
確かに、繋がっていく。
1992年。
仲村工房。
「……それで?」
美咲が、少しだけ呆れた顔で言う。
「“Cloth Man”って、何ですか」
向かいには、ジャック。
そして――
その横に、少年がいた。
ジョン・スティーブンス3世。
「学校で流行ってるんだ」
ジャックが肩をすくめる。
「変な日本兵の怪談らしい」
「戦場で裁縫してるとか」
ジョン3世が、真面目な顔で言う。
「兵士に布を配ってたって」
⸻
一瞬の沈黙。
美咲が、吹き出した。
「……それ」
少しだけ間。
「たぶん、お父さんです」
「は?」
ジャックが固まる。
「いやいやいやいや」
隆司が、横から口を挟む。
「あの人はな」
少しだけ、遠い目をして。
「負傷兵や、掘削作業員に」
「タオル配りまくってた」
沈黙。
ジョン3世
「……いい人では?」
ジャック
「いや怪談になる意味が分からん」
小林(奥から)
「いやなりますよ」
全員、振り向く。
「戦場で裁縫してる時点でアウトです」
「確かに」
「しかも夜中に現れるんですよね?」
「それはただの作業だ」
隆司が即答する。
「いや怖いですって」
笑いが、広がる。
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その時だった。
「……随分と言われているな」
静かな声。
振り向く。
そこに立っていたのは――
ジョン3世の祖父――
ジョン1世だった。
「久しぶりだな」
ジャックが、少しだけ姿勢を正す。
ジョン1世は、ゆっくりと工房を見渡す。
「相変わらずだ」
そして、布を見る。
「……尚造の匂いがする」
誰も、何も言わなかった。
⸻
「昔な」
ジョン1世が、ぽつりと話し始める。
「尚造とは、“オタク友達”だった」
「オタク友達」
小林が復唱する。
「布の話をすると止まらない男でな」
「戦場でも、変わらなかった」
少しだけ、笑う。
「いや、むしろ――」
「戦場だからこそ、だったのかもしれん」
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静かな時間が流れる。
ジョン1世は、
ポケットから小さな包みを取り出した。
ゆっくりと、開く。
中にあったのは――
ひとつのタグだった。
その文字を、
誰もが無言で見つめる。
「これは、“運ぶもの”だ」
ジャックに渡す。
「……尚造の作品だ」
ジョン1世の視線が、
ほんのわずかに揺れる。
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回想。
戦地だった。
土と煙の中で、
ひとりの男が布を手にしていた。
尚造だった。
「返して頂くのは――」
「100年後ですね」
ジョン1世
「……気の長い話だな」
尚造は、わずかに笑う。
「そのくらい経たないと」
「正しく見てもらえません」
一拍。
「この作品は――」
視線が、遠くを見る。
「もっと遠くへ行ける」
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現在。
ジョン1世は、ゆっくりと息を吐く。
「……あいつは、最初から分かっていた」
空気が、変わる。
ジョン3世が、じっと見ている。
「いいか」
ジョン1世が、二人を見る。
「これは、“残すもの”じゃない」
一拍。
「“運ぶもの”だ」
「必要な場所へ、必要な時に」
「渡す」
静かな言葉だった。
「……できるか?」
ジャックは、ゆっくりと頷く。
「やります」
ジョン3世も、真似するように頷いた。
「……やる」
ジョン1世は、満足そうに目を細める。
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外。
空が広がっていた。
ジョン3世が、ぽつりと言う。
「……俺」
「空、飛びたい」
ジャックが、少しだけ驚く。
「なんでまた」
「運ぶなら」
少しだけ、考えて。
「速い方がいい」
一瞬の沈黙。
「……そうか」
ジャックが、笑う。
「じゃあ、パイロットだな」
ジョン3世の目が、少しだけ輝いた。
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工房の中。
美咲が、静かに呟く。
「……繋がってますね」
隆司が、短く答える。
「……ああ」
文は、何も言わない。
ただ、布を見ていた。
そこには、色があった。
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誰かが守り。
誰かが作り。
誰かが見て。
そして――
誰かが運ぶ。
物語は、続いていく。
⸻
(つづく)




