第四十三話 海の色、祝福の色
青い海の前で、ふたりが並ぶ。
それは、特別な日でありながら――
どこか、いつもと同じように穏やかな時間でもあった。
けれど。
その日、確かに。
人の想いは、またひとつ繋がっていく。
海は、穏やかだった。
やわらかな風が吹き、
白い布が、静かに揺れている。
その向こうに――
青が広がっていた。
どこまでも続くような、沖縄の海。
「……いい天気だな」
小林が空を見上げて言う。
「式日和ってやつだな」
隣では、ジャックが腕を組んで頷いていた。
離島から来た人々も、
どこか落ち着かない様子で席に座っている。
普段着慣れない服に、少しだけ照れながら。
それでも――
誰もが、嬉しそうだった。
⸻
やがて、音楽が流れる。
ざわめきが、すっと静まる。
白い光の中を――
彩花が歩いてくる。
その身に纏うのは、あの打掛。
花が咲き、
海が流れ、
いくつもの時間が、重なっている。
息を呑む音が、あちこちから漏れた。
「……すごいな」
小林が思わず呟く。
ジャックも、目を細める。
「これは……芸術だ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
⸻
健一が、待っている。
少しだけ緊張した顔で、
それでも、まっすぐに前を見ていた。
彩花が、その前に立つ。
一瞬だけ、視線が重なる。
――それだけで、十分だった。
⸻
「本日は、お日柄もよく――」
司会の声が、静かに響く。
式は、穏やかに進んでいく。
言葉ひとつひとつが、
波の音に溶けていくようだった。
「ここで、祝電をご紹介いたします」
少しだけ場がざわめく。
司会が紙を開く。
「ジョン・スティーブンス様より」
ジャックが思わず顔を上げる。
「……ジョンさん?」
美咲が小さく笑う。
読み上げが始まる。
|健一さん、彩花さん。
|
|ご結婚おめでとうございます。
|
|私は若い頃、
|基地の隣で暮らしながら、
|
|戦争の記憶と、
|その後に残された問題を
|見続けてきました。
会場が静かになる。
|だからこそ、
|皆さんが選んだ未来を
|心から嬉しく思います。
|
|争いは人を分けます。
|
|けれど、人はまた、
|誰かと手を取り合うことができます。
ジャックは、
少し照れくさそうに鼻を掻く。
隆司は黙って聞いていた。
|沖縄の海のように穏やかで、
|時には台風のような日があっても、
|
|二人で笑って乗り越えてください。
|
|――遠く嘉手納より、祝福を込めて。
読み終わる。
静かな拍手。
彩花は目を潤ませる。
健一
「……なんか一番泣きそうなんですけど」
ジャック
「歳を取ると長話になるんだよ」
健一
「ジャックさんも将来こうなるんですか?」
ジャック
「否定できないな」
会場に小さな笑いが広がった。
⸻
司会が次の紙を開く。
「公安より、黒田様」
小林が、ぴくりと反応する。
「……あの人か」
ぼそりと呟く。
読み上げられる言葉は、簡潔だった。
それでも――
どこか、らしい祝福だった。
⸻
「続きまして――」
「内閣総理大臣」
「佐藤様より」
一瞬、空気が止まる。
「は?」
小林が素で声を漏らす。
「いや待て、なんで首相から来てるんだ」
ジャックが肩をすくめる。
「さあな。交友関係が広いんだろう」
「広いで済ませていいのかそれ」
小さなざわめきと、
控えめな笑いが広がる。
それもまた、今日の空気だった。
⸻
式は、進む。
誓いの言葉。
指輪の交換。
拍手。
すべてが、穏やかに、確かに流れていく。
⸻
少し離れた親族席で――
美咲たちは、それを見ていた。
「……綺麗だね」
美咲が、ぽつりと呟く。
文が、静かに頷く。
「ええ。本当に」
その目は、どこか遠くを見ているようだった。
「……ちゃんと、繋がってるわね」
その言葉の意味を、
美咲はすべては知らない。
けれど――
何となく、わかる気がした。
隣では、隆司が何も言わずに見ている。
ただ、じっと。
その光景を。
⸻
やがて――
式は、終わった。
拍手が、ゆっくりと広がる。
波の音と、重なりながら。
人が少しずつ散っていく。
笑い声が、あちこちで弾けていた。
その中で。
美咲は、ひとり、海の方へ歩いた。
風が、少し強くなっていた。
波が、静かに寄せては返す。
「……綺麗だったな」
後ろから、声がする。
振り返ると、隆司がいた。
「はい」
美咲は、少し笑う。
「すごく」
並んで、海を見る。
言葉は、少ない。
けれど、不思議と――
足りていた。
⸻
「……俺は」
隆司が、ぽつりと口を開く。
少しだけ、間があった。
「長いこと、何も見てなかった」
美咲は、何も言わない。
ただ、聞いていた。
「色も、音も……全部だ」
波の音だけが、続く。
「でも」
隆司が、続ける。
「お前を見てから――」
ほんのわずかに、声が変わる。
「ちゃんと、見えるようになった」
美咲の心臓が、
ひとつ、大きく跳ねた。
「……それって」
言葉の続きを、探す。
隆司は、少しだけ目を伏せて――
「……ああ」
短く、答えた。
⸻
そして。
「だから」
一歩だけ、近づく。
「隣にいてくれ」
静かな告白だった。
けれど、
逃げ場のない、
まっすぐな言葉だった。
美咲は、少しだけ俯いて。
それから、顔を上げる。
「……遅いです」
小さく、笑う。
「でも――」
一歩、近づく。
「待ってました」
⸻
風が、吹く。
海が、揺れる。
ふたりは、並んで立つ。
同じ方向を見ていた。
遠くで、笑い声がする。
祝福の声が、まだ続いている。
そのすべてを背にして。
ふたりは、ただ、そこにいた。
同じ色を、見ていた。
⸻
少し離れた場所。
式場の灯りの端。
文が、一人立っていた。
風が髪を揺らす。
視線の先には――
海辺に並ぶ、美咲と隆司。
ふたりは何かを話している。
言葉までは聞こえない。
けれど。
文は、小さく笑った。
「……やっとか」
肩の力が抜けたように、
ふっと息を吐く。
「長かったねぇ」
誰に言うでもなく。
静かな声だった。
波の音が返す。
文は、遠くの二人を見つめたまま――
少しだけ、目を細めた。
(……よかった)
(本当に)
海風が吹く。
空には、静かな星。
そして遠くで――
美咲の、少し照れた笑い声が聞こえた気がした。
文は、くすっと笑う。
「……今夜は、邪魔しないでおこうかね」
ゆっくりと踵を返し、
明るい式場の方へ歩いていく。
その背中は――
どこか、少しだけ軽かった。
⸻
(つづく)
今回もお読みいただき、ありがとうございました!
ようやく仲村隆司になりました……!
ちなみに作者は、
美咲×隆司のイチャイチャを描こうとして
3回くらい途中でやめています(泣)
誰か続きをお願いします!(他力本願)




