表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第三部 美咲編 ― 沖縄に咲く紅 ―
PR
185/258

第三十二話 1971年4月ーー未完成のまま、返すもの

国家は、時に選択を誤る。

だが、その誤りを

引き受ける者がいなければならない。


これは、

“誰が背負うのか”を決める物語。

首相公邸・応接室。


重厚な扉が、静かに閉じる。


挿絵(By みてみん)


室内には、佐藤栄作と秘書官。


向かいに、美咲、隆司、健一、彩花。


——そして、その一歩後ろ。


小林が、静かに立っている。


誰も軽口を叩かない。


ここはもう、旅の延長ではない。


国家の中枢だった。



佐藤が、四人——

そしてその後ろの一人へと視線を向ける。


佐藤

「遠いところ、ご苦労だった」


美咲は一歩前に出る。


美咲

「本日はお時間をいただき、

 ありがとうございます」


丁寧に頭を下げる。


佐藤は、静かに切り出す。


佐藤

「仲村工房の紅型……」


一拍。


佐藤

「君は、これを“完成させに来た”のかね」


部屋の空気が、張り詰める。


健一も、彩花も、息を呑む。


だが——

美咲は、静かに首を横に振った。


美咲

「いいえ」


そして、はっきりと言う。


美咲

「“未完成”のまま、返しに来ました」


挿絵(By みてみん)


佐藤の目が、わずかに細くなる。


予想外の答えだった。



美咲

「これは、完成してはいけないものです」


「完成した瞬間、

 誰かが正しくて、

 誰かが間違っていたことになる」


「でも——」


一瞬、息を吸う。


「私たちは、

 まだその答えを出せる時代に

 生きていません」


沈黙。


その静けさの中で——

小林は、わずかに目を伏せた。


——知っている。


それがどれだけ長く、

人の時間を縛るものかを。



佐藤は、ゆっくりと立ち上がる。


壁に飾られた一枚の絵画へ歩く。

裏へ手を回す。


取り出されたのは、丁寧に包まれた布。


最後の紅型部品。


秘書官ですら、

初めて見る光景だった。


佐藤は布を机に広げる。


日本国旗と星条旗。

そして裏面。


題名——

「日米地位協定」


佐藤は裏返し、条文を見つめる。


指で、文字をなぞる。


挿絵(By みてみん)


ゆっくり。


まるで、傷跡を確かめるように。


そして、小さく呟いた。


佐藤

「……これは条約じゃない」


さらに低く。


佐藤

「呪いだな」


その言葉に、

小林は静かに目を閉じた。


——同じものを、見てきた。

形は違えど。


人が、人に残していくものの重さを。



誰も、言葉を返せない。


国家の決断。


戦争の後始末。


基地問題。


すべてが、この布一枚に凝縮されていた。



佐藤は布を畳み、美咲へ差し出す。


挿絵(By みてみん)


佐藤

「これは君のものだ」


美咲は、わずかに目を見開く。


だが——

佐藤は続ける。


佐藤

「だが、()()使()()()


一同が息を呑む。


佐藤

「使うのは、()()()()()


その意味を、

隆司と——

そして、小林だけが理解していた。


国家が背負うべき責任を、

国家が引き受ける。


若者たちを、そこから解放する。


小林の肩から、

ゆっくりと力が抜ける。


25年。


小林(小さく)

「……終わったな」


隆司(低く)

「いや」


一拍


「引き渡しただけだ」


美咲は震える手で、布を受け取る。


美咲

「……ありがとうございます」


佐藤は、穏やかに言う。


佐藤

「礼を言うのは、こちらだ」


「君たちが守ってくれたから、

 私はこれを返せる」


沈黙。


そして、最後に。


佐藤

「沖縄は、帰る」


「だが、問題は終わらない」


静かに続ける。


佐藤

「だからこそ、次の世代に託す」



場面転換。


首相公邸・廊下。

重厚な扉の外。


黒田が、壁にもたれていた。

腕を組み、目を閉じている。


——中には入らない。

それが、自分の役割だと知っている。


秘書官(小声)

「外務・防衛・警察……全部止めています」


黒田

「当然だ」


秘書官

「米側からの照会も来ています」


一拍。


黒田

「“首相判断待ち”で返せ」


扉の向こうの“決断”を、ただ待つ。


挿絵(By みてみん)



公邸を出る五人。


誰もしばらく口を開かない。


彩花

「……とんでもない人に会ったね」


健一

「歴史の教科書の人ですよ……」


美咲は、抱えた包みを見る。


小林は、何も言わない。


だが——

その目は、確かに“終わっていた”。


そして同時に、“始まっていた”。


隆司が、小さく言う。


隆司

「これで終わりじゃない」


美咲

「うん」


少しだけ、笑う。


美咲

「やっと、始まるんだよね」



五人は歩き出す。


未来へ。


挿絵(By みてみん)



(つづく)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第32話は、

「国家が責任を引き受ける瞬間」を描きました。

若者たちが背負っていたものが、

ようやく“次の段階”へ移った回でもあります。


ですが――

問題は、終わっていません。


むしろここからが、本当の意味での始まりです。



次回、第33話。


舞台はワシントンD.C.へ。

国家と国家が向き合い、

沖縄返還という歴史的決断が下されます。


そしてその裏で、

ある“静かな終わり”が訪れます。


どうぞお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ