第二十五話 公安との距離
敵か、味方か。
その境界は、思っているほど
はっきりしていない。
利害が重なれば、人は同じ席に座り、
同じ酒を飲む。
だが――
同じ方向を向いているからといって、
同じものを見ているとは限らない。
笑い声の裏で、
静かに測られている距離。
それは、
銃よりも冷たい駆け引き。
今夜、
小さな居酒屋で交わされるのは――
会話か、
それとも観測か。
東京・小さな居酒屋
仕事帰りのサラリーマンで賑わう店。
カウンターの端に、
隆司と公安の黒田が並んで座っている。
――後から小林が静かに座る。
健一たちは少し離れたテーブル席。
健一
「なんで公安の人と飲んでるんですか……」
彩花
「社会勉強じゃない?」
⸻
カウンター。
黒田がビールを一口飲む。
黒田
「……正直に言う」
隆司
「聞こう」
黒田
「我々は君たちを信用していない」
健一、むせる。
黒田
「だが、CIAに渡すわけにもいかない」
隆司
「つまり、利害が一致しているだけだ」
黒田
「そうだ」
短い沈黙。
隆司
「十分だ」
黒田
「……怒らないのか」
隆司
「国家は疑うものだ。
個人は……見て判断する」
黒田は少し驚いた顔をする。
⸻
黒田が、二人をじっと見る。
黒田
「……一つ聞く」
隆司
「なんだ」
黒田
「お前たち、どこの住人だ」
隆司
「沖縄」
小林
「東京」
黒田(ため息)
「違う」
一拍。
黒田
「“どちら側”の人間だ」
沈黙。
隆司
「……“生き残った側”だ」
小林
「同じく」
黒田の手が止まる。
黒田
「……そうか」
一口、酒を飲む。
黒田
「なら、話は早い」
さらに低く。
黒田
「“選ぶ側”には、回るなよ」
隆司
「……」
小林
「……それは忠告か?」
黒田
「経験談だ」
⸻
別テーブル。
彩花
「ねえ健一」
健一
「はい?」
彩花
「あの三人……」
美咲
「うん」
彩花
「会話、噛み合ってなくない?」
健一
「いや、むしろ噛み合いすぎてて怖いです」
美咲
「さっき、“目で会話してた”よね」
彩花
「エスパー?」
健一
「やめてください」
⸻
カウンター。
黒田
「CIAも、最後の部品が
政府中枢にあると読んでいる」
小林が静かに口を挟む。
小林
「……妥当だな」
健一たちの席から、ちらりと視線。
健一(心の声)
(……なんでこの人、
普通に会話に入ってるんだ)
隆司
「時間がないな」
黒田
「返還交渉が進めば、動きが激しくなる」
隆司
「巻き込まれるなよ、あいつらを」
黒田
「……努力はする」
隆司
「努力では足りん」
黒田
「……覚えておこう」
⸻
別テーブル。
三人の方を見る。
隆司・黒田・小林――
無言で酒を飲んでいる。
彩花
「……やっぱりエスパーだ」
健一
「怖いです」
美咲は小さく笑うが――
少しだけ、視線を落とす。
美咲
「……あの人たち、
“同じものを見てる”んだと思う」
⸻
店の外
夜風。
黒田と小林が歩く。
その後ろに四人が並んで歩く。
健一
「なんだか、不思議ですね」
美咲
「何が?」
健一
「昨日まで
敵か味方か分からなかった人と、
同じ方向を向いている」
彩花
「大人の世界って、そういうものなのかも」
隆司
「敵でも、同じ敵を持つことはある」
美咲
「……それ、平和の始まりかもしれませんね」
隆司は少しだけ笑う。
健一(心の声)
(……でも)
(あの三人)
(本当に同じ話をしてたのか?)
(それとも――)
(もっと別の何かを、共有してるのか)
⸻
離れた場所。
電話ボックスの中で男が話している。
「ターゲットと公安の接触を確認」
間。
「……三名とも、同系統だ」
CIAの影は、確実に近づいていた。
⸻
(つづく)




