第十六話 沖縄戦①ーー始まる前に決まる戦い
戦いは、始まる前に決まる。
それでも、人は――
その中で生きようとする。
1944年。
首里城。
机の上に、地図が広げられていた。
誰も、座っていない。
全員、立っていた。
八原が言う。
「沖縄戦は――」
指が、ゆっくり動く。
「持久戦になる」
沈黙。
「正面から勝つ戦いではない」
誰も、驚かなかった。
「削る」
「耐える」
「時間を使う」
言葉だけが、並ぶ。
「その間に、本土決戦の準備をさせる」
少しだけ、間。
「それが、この戦いだ」
風が、吹いた。
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配属発表。
「配置を伝える」
八原が、順に見る。
「A。第24師団。南部戦線。地上戦だ」
Aは、頷いた。
「B。海軍根拠地隊。西岸。艦砲射撃圏内」
Bは、少しだけ笑った。
「また海か」
八原が続ける。
「C。第62師団。集落周辺。治安維持」
Cは、静かに目を伏せる。
「D。第44独立混成旅団。後方壕。補給」
Dは、短く答える。
「了解」
一拍。
「E。軍直轄工兵隊。壕構築」
Eは、少しだけ息を吸った。
「……はい」
そして。
「尚造」
「諜報班」
「薬丸と組め」
一瞬。
空気が変わる。
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壕の奥。
静かな場所。
薬丸がいた。
「久しぶりだな」
尚造は、少しだけ笑う。
「防具、直しましょうか?」
一瞬。
薬丸の目が細くなる。
「……相変わらずだな」
短い沈黙。
それだけで、十分だった。
――その少し離れた場所で。
隆司たちが、黙って見ていた。
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仲村家・防空壕
暗い壕。
文が座っている。
その隣に、隆造と尚綾。
「大丈夫」
尚綾が言う。
小さな声で。
「文さんと――」
少しだけ、間。
「赤ちゃんは、私たちが守る」
静かだった。
尚造の手が――
一瞬だけ、止まる。
ほんのわずかに、目線が落ちる。
――すぐ戻る。
「……頼みます」
それだけだった。
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各前線・準備
南部。
Aが、地形を見ている。
泥。
斜面。
遮蔽物。
「ここだな」
西岸。
Bが、海を見る。
静かすぎる。
「……来るな」
集落跡。
Cが、瓦礫の中を歩く。
人の気配はない。
「……」
後方壕。
Dが、物資を数えている。
足りない。
明らかに。
「……足りねぇな」
壕予定地。
Eが、地面を叩く。
固い。
「ここだ」
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尚造・前線視察
尚造が歩く。
順に、全員の場所を回る。
Aにタオルを渡す。
「汗、拭いてください」
Aは黙って受け取る。
Bに。
「無茶しないでください」
「無理ですよ」
Cに。
「休んでください」
「……はい」
Dに。
「足りますか」
「足りねぇっす」
「そうですか」
Eに。
「いい場所ですね」
Eは、少しだけ笑った。
隆司たちは、それを見ていた。
何も言わずに。
全部、見ていた。
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焼き芋パーティー(最後の夜)
壕の中。
暗い。
低い天井。
湿った空気。
小さな火だけが、揺れている。
その上で、芋が焼かれていた。
「……ほら」
尚造が、芋を差し出す。
Aが受け取る。
無言で、少しだけ頷く。
「熱いですよ」
「……ああ」
Bは待ちきれず、すぐに割る。
湯気。
甘い匂い。
「……うまそうだな」
そのまま、かぶりつく。
「……っ、熱っ」
それでも、笑った。
隆司は、目を輝かせる。
「すごい……」
両手で持って、大事そうに食べる。
「……甘い」
小さく言う。
それだけで、十分だった。
Cは、少し遅れて口に運ぶ。
「……」
何も言わない。
だが、手は止まらない。
Dは、半分に割ってから、
Eに差し出した。
「食え」
Eは一瞬だけ見て、
「……いいのか」
「半分でいい」
短いやり取り。
Eは受け取る。
「……助かる」
少しだけ、息が抜けた顔。
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後ろ。
薬丸は、軍刀を磨いている。
火の光が、刃に映る。
「……」
こちらは見ない。
音だけがある。
シャッ、シャッ、と。
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尚造は、全員を一度だけ見る。
何も言わない。
ただ、
もう一本、火に入れる。
隆司が、もう一口食べる。
「……うまい」
火が、揺れる。
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外。
風。
遠くで、音。
かすかに。
誰も、まだ言わない。
だが、
全員、知っていた。
「始まる」
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(つづく)
最後までお読みいただき、
ありがとうございます。
開戦前、
ほんのわずかな時間だけ描いた
「日常」でした。
笑っていた人たちが、
それぞれの場所へ向かっていきます。
次回、同じ島で、同じ時間に。
それぞれの地獄が始まります。




