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愛の花  作者: 沖田猫
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 見る者によって色を変えるというその花を、間近で見たいと最初に言い出したのは、彼女の方だった。


 自宅にあるラジオから流れてきたのは、ある町の路地に咲く不思議な花の話だった。何でもその花は、見る人によって違う色になるという。ある人は黄色、またある人は白色、中には金色に光り輝く花に見えたという人もいるらしい。



「ねぇ、実際にその土地へ行って花の色を確かめてみましょうよ」

「え~? ネットで画像検索とかして見れば済む話じゃないの?」

「写真とかテレビで見たときと、実際に足を運んで見たときの花の色は、同じ人でも違う風に見えるってラジオで言ってたじゃない。なら、それが本当かどうか私たちもそこへ行って確かめてみましょうよ」

「え~マジか……ここからだと飛行機に乗らないといけないんだぞ?」



 ラジオの電源を切った後、彼女は僕の袖を引っ張って、そのとき話題になっていた花を自分の目で確かめてみたいと言ってきた。


 彼女は昔から花が好きな人だった。そのためか、そのラジオ番組を聞き終わったときの彼女の目は、まるで玩具を手にした子どものようにキラキラ輝いていた。僕はそんな彼女の姿を微笑みながら見つめていたけれど、同時に小さな疲労が口から漏れていた。



 彼女とは、交際してから今年で五年目になる。同じ大学で知り合って、しばらくは顔見知り程度の存在だったのだけれど、卒業後に行きつけの喫茶店で再会したのをきっかけに、僕たちはたびたび顔を合わせるようになって気づけば交際がスタートしていた。現在は、僕が借りているマンションの一室で半同棲状態だけれど、彼女との会話の中に、未だに結婚という言葉は出てきていなかった。


 その理由は色々ある。お互い仕事が順調で今の生活リズムを崩したくなかったという思いもあるのかもしれない。だけど、やっぱり一番の理由は、僕の優柔不断な性格にあったのかもしれないと後になって思った。



 その日も、僕たちは口喧嘩をしてしまって、彼女の機嫌は最悪だった。何が原因で喧嘩になったのかは正直言うと僕にはわからない。僕が部屋のソファーでくつろぎながらテレビを見ていたら、彼女の顔が突然、険しくなったのだ。何が彼女の機嫌を損ねてしまったのか、僕には理解できなかったため一瞬呆然とする。機嫌が悪くなった原因を直接伝えてくれればいいのに、彼女はそれをせずにキッチンへと姿を消そうとする。だから僕も何だか居心地が悪くなって、つい彼女にきつく当たってしまう。すると彼女は何かのスイッチが入ったかのようにくるりと振り向いて、僕が予想していなかった言葉を次々と並べていく。そうして、いつもの口喧嘩の序章がスタートするのだ。



 結局、機嫌が戻らなくなった彼女はマンションから出ていった。彼女が出ていった後を追いかけようと、僕はハンガーにかけてあったコートを掴み玄関へと向かった。けれど、靴を履く前に僕は足を止める。何だか、このまま後を追いかけていっても、彼女の顔を見た瞬間にいつもの優柔不断な性格が邪魔をして、何の言葉も出てこないような気がしたのだ。彼女に気の利いた言葉もかけられないのであれば、後を追いかける行動にも意味がないような気がしてくる。むしろ、僕が余計な言葉をかけてしまって彼女の機嫌をさらに悪くさせてしまうかもしれない。以前にそんなことがあったのを思い出して、僕の足はまた重くなる。

 結局、僕は、暖房器具で暖かくなった自分の部屋に、背中を丸めて戻ったのだった。


 コートをハンガーにかけた後、そのポケットの小さな膨らみに気づく。僕はコートの右ポケットに手を突っ込んで、中にあるものをとり出す。そこにあったのは、小さな箱だった。箱を開けると、中には小さな輝きを放つ宝石が半分埋め込まれた指輪があった。それは婚約指輪だった。彼女にあげるつもりで数日前にこっそり用意していたのだけれど、それを渡すタイミングがなかなか掴めなくて、結局コートのポケットに入れたままにしておいたのだ。


 僕は大きな溜め息を吐いて、婚約指輪が入った箱を持ったままソファーの前であぐらをかいた。彼女が出ていった後の部屋はやけに静かだ。テレビがつけっぱなしだったけれど、僕の耳には何の音も入ってこない。やっぱり彼女の後を追いかけるべきだったかな、と後悔の波が押し寄せる。そもそも、もっと前に僕が婚約指輪を彼女に渡しておけば、今日のような喧嘩をしなくて済んだのかもしれない。

 一人になった部屋は考えごとを助長させて、自分の不甲斐なさが身に染みた。


 僕はまた大きな溜め息を吐いて、目の前にあった小さなテーブルの上に、婚約指輪が入った箱をそっと置いた。


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