恋愛闘争編①
新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
夏の昼下がり、王宮の庭は夏椿が見頃を迎えようとしていました。涼しい木陰を探し皇宮の庭をウロウロしてます。
わたくし、いつの間に皇宮に来たのでしょうか。
久しぶりすぎて忘れていましたけど、毎年この時期に咲く、小さな白い椿の庭園に来るのが凄く楽しみでした。爽やかで、小さくても綺麗で…しかもこの庭はユリウス様が管理されている薔薇もあるのです。
あれ、車椅子は…ネルケもいない。
わたくし、いつからこんなに歩けるようになったのかしら。
「イリス、そちらに行くな」
「ユリウス様…?」
わあ、小さなユリウス様だわ!
あ、これ、もしかして夢、わたくしの記憶なのね。これはわたくしが発病する一カ月前の記憶だわ。たしか、ユリウス様を探して皇宮内にある『朱夏の庭』に迷い込んだ時のものですわね。懐かしいです。
今見てもユリウス様は美少年ですが、この頃は頬もふわふわで、可愛らしいですわ。
「そちらは、ダメだ」
幼いユリウス様はわたくしの手を握り引っ張るように歩き出しました。
「え…」
あれ、こんな記憶でしたかしら?たしか、ユリウス様を探して、途中で迷子になって…。
みつけてもらったのは、確か庭師のお爺さんだったような…?
『おぉい、イリスー!』
あ、お父様の声だ。思わず振り向こうとした瞬間、ユリウス様がわたくしの手を引っ張り走り出しました。久しぶりに走る感覚にびっくりして、足がもつれそうになりながらユリウス様になんとかついて走ります。
ああ、そうです。走るってこんな感じでしたわ。
「ユリウス様っ、あの、お父様が」
「振り向くな!」
「っうく!」
ひとしきり走ると、庭を突き抜け森に入る。少し開けた場所はジャーマンカモミールの群生地で、雲の絨毯みたいで綺麗です。皇宮にこんな所ありましたっけ?
その花畑の中心には大きな大きな巨木がありました。
見事な枝ぶりで、スズナリのように花を咲かせています。中心部が白く、先端が青くグラデーションが美しい、絵筆のような花。幻想的で綺麗だけど、前世では見たことがない花ですわ
「これは…ヒンメルザイデンだ」
ヒンメルザイデン…空の絹…あ、これ…ネムの木ですわ!扇子を広げたような形に、シルクのような繊細な花弁…間違いなくシルクツリーと呼ばれるネムの木です!
地球のネムの木は赤と薄いピンク、白がありますけど、青いネムの木とは…流石異世界と言うか…こんな幻想的な木があるのですね。
「………そろそろ花が閉じる」
「あの、殿下。わたくし、」
「イリス、ここが夢だとわかっているな?」
「は、はい。ユリウス様は何故ここにわたくしを?」
「イリス、良く聴け○○○…○○で、○○○○が…」
「え、あの、何をっ…」
肝心の場所を聞こうにもノイズに邪魔されて聞こえません。思わず混乱していますと、ユリウス様の姿が、少年から青年の今の姿に変わり、その表情は苦悶に満ちていました。
「………っイリス、負けるな。必ずうち勝て…!」
「…はっ!?」
ユリウス様がそう言って、わたくしの肩を掴んだ瞬間、浮遊感を感じ、眼を見開くといつもの見慣れた天井が見えました。
「はぁ、」
ドクドクと高鳴る心臓の音が良く聞こえ、自分の荒い呼吸に、頭が追いつきません。寝汗をかいていたのか、ネグリジェが貼り付くような不快感に、ゆっくりと身体を起こします。
「………お嬢様っ!」
「あ、アンネ…」
ランタンを片手にやってきたアンネの姿に思わず安堵の息をつくと、胸に手をあてます。心拍数は戻ってきたので大丈夫でしょう。
「…お嬢様、先生をお呼びしますね」
「でも、先生は今日裁判で…」
「元々、意識が戻り次第お呼びするようにことづかっています。お嬢様、お忘れですか?本日、お嬢様は裁判所から戻ってから直ぐに意識が消失したのを…」
「あ、うん…」
「でも、意識は中々戻らず、先生は精霊を一時的に憑依解除した反動だと…ぐすっ…あ、アンネは…っぐす、とても怖くて、心配いたしました」
「…….ごめんなさい」
ポロポロ泣き出したアンネに罪悪感を感じ、思わず謝りますと、ガラッと病室のドアが開く音が聞こえ、そちらに目を向けますと、水差しを持った赤毛のメイドと目が合いました。
「あ〜…お嬢様おはよーございまーす」
「ツィニー、貴女はもうノックは?」
「お嬢様が、寝てるからいいかなーって。真夜中だしぃ〜」
「全く貴女は…お嬢様、私は先生を呼んできますね。ツィニー、お嬢様を頼みますよ」
「はーい」
彼女はツィニー・ザルバイ。侯爵家から派遣されたわたくしの専属侍女のひとりで、一見気怠い印象の美人のお姉さんですが、わが領の執務室文官長のご主人と20代の息子さんがいらっしゃる、わたくしの3人いる専属介護チームのひとりでございます。
元々はお母様の乳姉妹で、お母様の侍女をされていたのですが、結婚、出産後は通い…わかりやすく言うとパートだったのを息子さんが独立したのを期に、再び正職になり、わたくしの専属侍女になったらしいのです。アンネといい、ツィニーといい、お母様もそうですが美魔女部類で、何というか20代に見えますわね。
間伸びした喋り方は彼女の出身がカメーリエ家の端にあるノンベリー村の訛りで、決して彼女が不真面目な訳ではないのですが…凄く緩く感じます。
「お嬢様〜、ご気分はいかがですか〜?」
「ちょっと…気持ちが悪いかも…」
「お水は飲めますかー?」
「…今は何も飲みたくないですわ…」
「じゃあ、汗をお拭きしますね〜」
ふにゃんとツィニーは微笑むと、ベッドのサイドに置かれた戸棚からタオルを取り出し、わたくしの額の汗を優しく拭ってくれます。アンネはテキパキした気遣い上手なら、ツィニーはホッとする優しさがある何と言うか相手をリラックスさせるのが上手な人だ。
「汗がびっしょりですねぇ、お嬢様、怖い夢でも見ましたかー?」
「………わからないの…」
ほとんど夢の記憶が朧げで、覚えているのはヒンメルザイデンの花とユリウス様の最後の言葉だけでした。なんと言って良いのかわからず途方にくれていますと、ふと自分の掛け毛布の上に何か乗っているのが見え、それを拾い上げます。
「………これは、ヒンメルザイデン…の花?」
「あら〜すいませんお嬢様〜。昼間、その毛布を干したやつと変えたばかりで.もしかしたらひっついていたのかも〜」
「………っこの花は病院の近くに植えられているの?」
「え、はい〜。お嬢様の病室からは見えないですけどぉ、縁起が良い花なんですよ〜」
「縁起が良い?」
「一般的なザイデンバウムは胸のときめき、夫婦円満、安らぎなどなんですがー、ヒンメルザイデンはさらに「苦痛の緩和」「貴方の勝利を祈る」という意味があり、病院には良く植えられてますよー」
「………勝利…」
学園裁判の後だからでしょうか?
疲れているのかもしれません…ですがあの夢が気になって仕方ありません…。
本当に気のせいなのか、それとも何かの暗示なのか…皆目検討が尽きませんが…その青い花が忘れてはならないと警告しているようで、胸がザワザワとして落ち着きません…。どうしたと言うのでしょうか。
「お嬢様、大丈夫ですよぉ。ヒンメルザイデンが夢に出てきたなら、吉夢ですからぁ」
「え、吉夢?」
「ハイぃ〜、ヒンメルザイデンの他に誰か夢に出てきませんでしたか〜?」
ユリウス様が出てきましたわ…ヒンメルザイデンと何か関係があるのでしょうか?
「…出てきましたわ…」
「むふふ〜。なら、ようございましたね〜」
「ツィニー、そのどう言う事ですの?」
「ごめんなさい〜、詳しくは教えられませんので〜…夢解きの答えは他人から聞いちゃいけないんですよぉ。せっかくの吉夢の効果がなくなるので〜」
眉を八の字して、謝るツィニーにわたくしはさらに首を傾げます。
夢解き、てなにかしら?夢占いのこと?
そう尋ねようとした瞬間、病室の扉にノック音がしてそちらに意識がいき、反射的に「どうぞ」と言うと、グラナード先生とアンネが入ってきました。
「おい、起きたか。吐血娘」
「…先生、その呼び名はやめてください」
「あらぁ〜、先生〜…怒ってますね〜」
「説教するって言っただろうが。お〜ま〜え〜!いきなり精霊の憑依解除をするな!精霊が魔素を取り込む量を抑制してくれているんだ。それをいきなり外して魔素が体内に急激に取り込まれたらどうなるか、医学部生ならわかっていただろう!この馬鹿が!」
「う、うぅっ!」
額にデコピンをされて思わず、額を抑えます。そうですよね、心臓のペースメーカーをいきなり外すようなものですものね。
「良かったな。テスト休み丸々絶対安静だ。終業式には間に合うだろう。んじゃ、腕出せ」
「…はい」
わたくしは大人しく右手を差し出しますと、先生は腕の脈を測り始めました。結局、夢の話はそれ以上ツィニーからは聞き出せず、その日は手厚い検査と看護を受けながらお説教をされると言うよくわからない状態で眠りにつきました。
あの夢は本当に吉夢なのでしょうか?それも…。
いえ、わからないことを考えても仕方ありません。明日は証言台に立ってくださったオランジェ様方にお礼状を書かないと…わたくしは夢の事を頭の端におきながら、ゆっくりと瞼を閉じました。
***
「……私の薔薇…ねぇ。あの子も言うようになったわね」
「皇后様…」
皇宮ではその頃、学園裁判の結果をうけ慌しい空気になっていた。何故なら、イリスを不当に訴えた留学中の王子3人の処遇について、3人の母国から急遽使者が飛んでくることになったからだ。
「うふふっ、ふふっ、そうね、そうよね。そろそろ…あの子にも身を固めてもらわなくちゃ。婚約者を今まで決めて来なかったツケを払って貰いましょう」
「皇后様、では」
「ええ、花選定会議の開催を致しましょう。さあ、まずは皇帝陛下に
謁見いたしませんと。あの鉄仮面の息子に春が来たとなればさぞや驚かれるでしょうね!」
(…殿下、皇后様を止められず申し訳ありません)
ウキウキと、ドレスの裾を翻す貴人を見送りながらある侍従は窓の外の空を見上げる。
「嵐が…嵐がくるな」
雨雲ひとつない澄み渡る空を見上げながら、つぶやいた声はやがで、帝国内のある騒乱の始まりを予見したものとなる。
嵐が来たぞー!




