学園裁判⑥
気管支炎を発症しました。原因わからず。
頸がひりつく様に痛いです。
声を呑む音、理解できずざわめく人の声、静かに成り行きを見るひとの呼吸音…全てが聞こえるような不思議な緊張感の中、わたくしはリーリエさんの目を真っ直ぐに見ます。
「な、何よその髪…ああ、そう、転生悪役令嬢の悪あがき?髪を白くするとか、なんの演出よ!」
「…貴女にはそう見えるのでしょうね。でもね、これはわたくしの嘘偽りない姿なのです」
「はぁ?何言って…」
「わたくしの患っている病気は、先天性魔力過多精製疾患…別名、天使病と言われる病気です」
「天使…病…?」
「遺伝子疾患のひとつで、これを患った子供は…成人を迎えるまでに亡くなる事が多い病気ですわ。髪が白くなり、魔力を精製する師蔵が常人の百倍以上魔力を精製し、体から少しでも魔力を外に出すため、定期的に血尿、血便、吐血などするせいで内臓を蝕んでいきます。大人の生存例も…ごく僅か…最長寿命が68歳で、その方の遺体は死してなお、大量の魔力を宿し、肉体は屍蝋化している状態だそうですわ」
「……っ」
「遺体も魔力がありすぎて、土地を魔素汚染するから、焼くか、棺桶に封印して…魔力が自然に抜け落ちるように高い場所に吊るされたり、魔力が詰まった血を抜いて、固めて魔道具の動力にするそうです… ゾッとする話でしょう?」
そう言って周りを見れば、検察席のヴァールハイト先輩方は顔を青ざめてわたくしを見ています。ユリウス様は、鎮痛な面持ちでわたくしを見下ろし唇を噛んでいるように見えます。
………あまり、気分が良い話ではないですわよね…。
この世界の天使は白い翼、白い髪、輝く瞳をもつ無垢な姿をしていると言われています。天使病と言われているのは子供がその姿のまま死を迎えるから…だけど、それは、この病気を患って苦しむ子供を美化した言い方みたいでわたくしは嫌いなのです。
「…わたくしはここまで常に死と、隣り合わせの日常の中にいましたわ。血中魔力が多すぎて、全身が鎧を着こんだように重く、歩くことすら困難で…常に吐血をするから貧血でフラフラで…」
「ま、待って、ねぇ!待ってよ、な、なんの話をしているのっ!?」
「まごう事なきわたくしの現実の話ですわ」
「………っ」
言葉が見つからないなか、リーリエさんは口をハクハクさせて、身体を震わせています。
リーリエさんも気づいたはずです。ゲームのイリス・カメーリエはそんな病を患っていませんでしたもの。
自分の知らない設定、自分が知らない現実。全てを知っているのに全てを知らない姿は哀れで…滑稽でした。
「うそ、嘘よっ!そんなの信じない!」
そう言って彼女は懐から木の板みたいなものを取り出しました。
「………板?」
「え、なんで、スマホが板になってんの!今朝まで使えてたのにっ、なんで」
慌てふためく言葉にわたくしは、なるほどと目を細めました。この方、ズルしてましたわね。
大方、前世の転生特典で親愛度を確認できるモノを要求したのでしょうね。だけど、スマホなんてものはこの魔法を主軸としたケルン世界にとって異分子でしかありませんわ。そもそも原作のゲームのヒロインがスマホなんて持っているわけがありませんし。
何かの拍子に木の板に存在が書き換えられたと推測できますわ。
「うそ、うそよ、うそ、ねぇ!神様っ!」
「貴女は先程から何を言っているのですか?」
「っ!」
「貴女はわたくしを嘘つき呼ばわりし、挙句の果てに他国の王子様方と、コルネリ様を焚き付けて茶番劇のような学園裁判を起こし、その上、自分の都合が悪くなれば巻き戻し?さらに何かを取り出したかと思えば木の板?お話になりませんわ」
そう言うと、にっこりと悪役令嬢らしく品が良い笑顔を浮かべ、ヒロインさんを睥睨します。
「リーリエ・ボーデン様、貴女の妄想癖と妄言癖のほうがよっぽど重症ではなくて?」
「あ、あ、あああああぁああ!」
その言葉に、リーリエさんは発狂してわたくしに襲い掛かろうとしましたが、警備員に取り押さえられ、冷たい法廷の床に顔を押し付けられました。
「ぅううっ」
「貴女は何をやっていたのですか」
「何って、こうり」
「わたくしが聴いているのは貴女が生まれてきてやって来たことです」
「私が…やってきた…こと?」
「この世界で初めて空を見た時、雨の音を聞いたとき、自分の足で立ち上がったとき、初めて甘いお菓子を食べた時、初めて家族に抱きしめられたとき…わたくしは全てではありませんが覚えていますわ」
そして、わたくしはリーリエさんから法廷に飾られている宗教画を見上げます。最後の審判を描いた先にある天国と地獄の図がまるで今の法廷の様相みたいで、少し胸が苦しくなります。
「貴女は、何をやってきたのです?それは貴女の人生において胸を張って誇れるものでしたか?」
「っ………!」
「わたくしはわたくしの人生がとても誇らしいですわ。努力の積み重ねで医学部に入学できましたし、できなかった事が、出来るようになったときの達成感はわたくしの確かな自信になりましたから」
そう、言うとわたくしは胸に手を当てリーリエさんの瞳をまっすぐに見つめる
「わたくしは死と共にある中で、大事な物を取りこぼさないように生きてきましたわ。勉強だって本当は大嫌いですが、どうせ死ぬのに無駄だと自暴自棄になるのだけはプライドが許しませんでした。どうせ死ぬなら、死ぬほど頑張って生きてから死ぬべきだと思ったのです…貴女には想像できないでしょうけど、わたくし、元来負けず嫌いですのよ」
「………っ」
「わたくし、イリス・カメーリエは負けませんの。ええ、負けてあげませんわ。病に打ち勝つその日までは………」
リーリエ様は目を見開くと、グッと唇を噛み締めました。
「私のことは、…眼中にないってわけ」
「闘っている相手が違うだけですわ。そうですわね、わたくしの対戦相手になりたいなら、顔を洗って出直していらっしゃい」
その瞬間、静まりかえっていた法廷内にパチパチと小さな拍手が起こり、それがホール中に伝播しだしました。まるで、オペラを見た後のスタンディングオベーションにわたくしは我にかえります。
わたくし、実はとても恥ずかしいことをしたのかしら?ちょっと感情的になりすぎた?
「静粛に」
ユリウス殿下の鶴の一声に法廷内は静まりかえる。
「以上、被告イリス・カメーリエ嬢に私からひとつ質問がある」
「なんなりと…」
「貴女は、自ら病を公表したが後悔はないか?」
「ございません」
気遣いはありがたいが、ここはキッパリ言い放つ。
「わたくしの病は遅かれ早かれ知られるでしょう。ならば、いっそ公表する事で、わたくしの特殊な待遇処置に不満を持たれていた方々の理解を得られるならば幸いでございます、なんせ、」
その瞬間、我慢に我慢を重ねていた吐き気に思わず口に手をあてると、ネルケが桶を片手にすっ飛んできた。
「んぐっ!」
あ、やっぱり吐血だわ。だけど少量で良かったです、笑顔のネルケが持ってきた桶に粗方吐き出し、ふぃー、スッキリと、顔を上げると驚いた様子のユリウス殿下と目があった。
「「イリス!」」
「い、イリス様っ!」.
「お、お口に血がっ!」
イス兄様やルッツ兄様まで血相かいて弁護席から降りて来ました。
オランジェ様とヴィオレ様が顔面蒼白でこちらを見ています。あちゃー、ショッキングですわよね。ごめんなさい。
「ごめんあそばせ…このように周期的に吐血するので、一般女子寮ではいささか障りがありまして…」
「そんな事を言っている場合か!担架を」
ユリウス殿下の号令に係員が飛び出していく。
「あ、いや、わたくしもう少し頑張れますわ」
「はいはい、患者さんはそこまで、ドクターストップな」
グラナード先生は冷静に被告席に置いてある水差しから、コップに水を入れると私に差し出す。
「とりあえず、これで口をゆすげ。んで、後で検査とお説教な」
「あ、ハイ」
こうして、判決を言われる前にわたくしは法廷から退場することとなりました。
いや、頑張りましたのよ?悪役令嬢っ頑張りましたのよ!?そ、その笑わないでくださいませね?
つづくぅ!
本日のMVPはネルケです。ハイ
スマホが木の板になった経緯。↓
神様「何、大勢の人間がいる前で異世界のブツ出しとんじゃい、ワレェ!蒲鉾板に替えてやろぉかぁ?ああん?」
地球の神「だから、気をつけろって言ったよね(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)」