始まりの朝
「マージ開始」
唱えると、俺の手にふわりと光が宿る。
光る手で『石ころ』を拾って、同じ『石ころ』の上に置く。
すると2つの『石ころ』は『ひと塊の岩』になった。
俺はもう一度、そこらの『石ころ』を2つ重ねて『ひと塊の岩』を作る。
『ひと塊の岩』同士を重ねると、今度は石切場から切り出されたような『石材』に姿を変えた。
「なるほどな」
つまりこれは、マージ系パズルゲームのようなことができるスキルらしい。
……いやこれ、チート過ぎないか……?
錬金術系とは根本から違うよな。
質量保存の法則もまるきり無視だ。
何せ目の前に出来上がった『石材』は『石ころ』4つ分より随分と大きいし、そもそも明らかに素材が違う。
墓石のようなグレーの石材を眺めて、俺は「これを重ねたら何になるのかな」と思った。
俺は立ち上がってもう一度周囲を見渡す。
片側には俺の立つ荒野と同じ風景が延々と続いている。
それこそ地平線まで。山の一つも見えない。
反対側には、気持ち程度の草地……と呼べなくもない程度の緑が生えた土地。
その向こうには、池ほどのサイズの小さな水場。
木の一本すら生えていない景色の中、俺はようやく分かった自分のスキルを知らせるため、胸を弾ませて草地へ走った。
高校2年生の俺がこの世界に来たのは、ほんの30分ほど前だ。
いつも通り、高校へ向かう電車に乗り込んだ……はずだった。
だけど、そこに俺が乗り込んだはずの車両はなく、ただ真っ白い空間に、いつも同じ車両に乗り込む面々が呆然と立ち尽くしていた。
スーツ姿の会社員、私服の人々、俺と同じ高校生、中学生や小学生くらいの子もいる。
何事かと狼狽える俺たちの前に姿を現したのは、長い銀髪の、腰の低い人だった。
男か女か分からないその人は、まるで神様みたいな見慣れない服を着ていて、俺達に頭を下げて言った。
「私は別世界で絶対神を務めております、ヨミトキと申します。どうか私の世界を救ってください」
それに対して喜びを示した人よりも難色を示した人が多いのを見て、ここにいる人達は概ね現状に満足しているのだと、少し安心した。
いつも一緒に電車に乗ってる人達が、善良な人達でよかった。そんな気持ちだ。
仕事や学校に遅刻しては困ると訴える人達に、絶対神を名乗った人は、ペコペコと頭を下げながら言う。
「お忙しいところ大変申し訳ありません。ですがご安心ください。皆様は元通りの場所に、元通りのお時間にお帰しします」
ひとまず話を聞いてくれと訴える神様にそう言われてしまうと、俺達も話を聞かざるをえない。
そもそも扉も壁もないようなこんな場所から、どう頑張ったって自力で帰れるはずがないしな。
神様……ヨミトキさんが言うには、人々が争い大規模な戦争の末に生き物のほとんどが死に絶えた世界があるらしい。
ヨミトキさんはその『人が死に絶えた世界』の神だったんだそうだ。
このままでは自分を信仰する人がいないため、徐々に弱って消えてしまうとヨミトキさんは言った。
自然に任せていては、人類が発生するまで5億年もかかるらしい。
「それで、我々は何をしたら良いのでしょうか?」
挙手をして丁寧に尋ねる会社員っぽい40代後半のおじさんに、俺達も内心で頷く。
あまりに話のスケールが大きすぎて、そんなのがここにいる俺達でなんとかなるとも思えないんだが……。
「皆様のうち、私の世界で私の手伝いをしてくださる方には、私が強力な力をお渡しします。その力を使って、現地で人類が自活できるように手助けしてほしいのです」
「強力な力というのは……?」
尋ねたのはメガネの男性だ。
「申し訳ありません、具体的な能力までは私にも分からないのです。皆さんがそれぞれで得意と認識している能力を伸ばして特殊能力にする、そんな神の祝福を行う予定です」
なるほど、特殊能力が何になるかは人それぞれで、中身もその人次第って事か。
「神様のお手伝いには何人必要なのですか? ここにはまだ年若い子もいますし、全員というのは難しいと思いますが……」
「もちろん強制ではありませんので、行きたくない方は全て元の場所にお帰しします。ただし、ここでのことは忘れていただきますが……」
「全て……?」
誰かの呟きに、ざわ、と動揺が走る。
全員が行きたくないと言えば、全員元の場所に戻れるということか、と。
それに気づいて、ヨミトキさんが慌てた。
「す、すみません、せめてどなたかおひとり……いえ、できたらもう少し、お手伝いいただけると、ありがたいのですが……」
なんだか可哀想だな。
とはいえただの高校生である俺にできることなんてない気もするけど……。
「不参加を希望する人はこっちに集まってー」
いつの間にか、最初に手を挙げた40代後半のおじさんが人をまとめ始めている。
ほとんどの人がそちらに流れてゆくのを、ヨミトキさんが悲しそうに見つめている。
立派な体格の大学生っぽい人とか、仕事のできそうなお姉さんとか、助けてあげたらいいのにな。
皆忙しいんだろうか。
そうだよな、働き盛りの人には面倒をみるべき家族がいるだろうし、そう簡単には乗れないか。
さっき世界を救えと言われて喜んでいた数人の人達も、向かう先が人1人いない不毛の地と聞いて一気にやる気を失っていた。
俺は思わずヨミトキさんのそばに行って、声をかけていた。
「あの、俺まだ学生で、あんまり役に立たないかもですが、俺でよければ手伝いますよ」
「ほっ、本当ですかっ!?」
ヨミトキさんが今、猫の手も借りたいって思ってるなら、猫の分くらいの役には立てるだろうし。
「おお、少年、勇気あるなぁ」
俺の後ろからそう言って近づいてきたのは、同じ車両でよく見かけるメガネの男性だ。
いつも薄くて平たい鞄とか丸くて長い筒を持ってるから、目につくんだよな。
30代前半くらいで、俺より背が高くて……クラスでよく話す友達と同じくらいに見えるから176センチほどだろうか。
「神様、私は建築設計の仕事をしています。人を作れるかはわかりませんが、家づくりに関してはお手伝いできると思いますよ」
そう言った男性は「ただし、お手伝いするのは、その別の世界とやらに行っても私や彼がさっきの電車のさっきの時間に戻れるのなら、ですが」と言った。
ああそっか、そこは考えてなかったな。
向こうで何年も過ごしたら、戻って来れなかったりするんだろうか。
俺が急にいなくなったら家族も心配するよな。
男性の言葉に、ヨミトキさんはコクコクと頷いて一生懸命答える。
「はいっ、あちらで何年過ごしていただいても、もしあちらで命を落とすことがあっても、私の力で必ず元の状況に安全にお帰しするとお約束しますっ」
「あのー……、そういうのって、なんか契約書とか交わしたりできないんですか?」
俺の後ろからおずおずと話しかけてきたのはいつも車内で本を読んでるお姉さんだ。
この人も、毎回カラフルな写真がいっぱい乗ったお料理本を開いてるのが珍しくてなんとなく覚えていた。
今日もその腕には料理本が抱えられている。
「大変申し訳ありません。現時点では他の世界の方に私が出来るのはお願いだけで……、あの、私の世界に来ていただいてからでよければ、契約を交わすことももちろん出来るのですが……」
つまり、現時点では口約束でしかないって事か。
俺は親切心から気軽に立候補してしまったけど、大人達はこういうことまで考えて、帰る方を選択してるんだなぁ……。
今更ながらに、いきなり転移先で酷い目に遭うタイプの異世界転移ストーリーがいくつか脳裏を掠める。
振り返れば、俺と男性とお姉さんの3人以外は全員が不参加希望者の集まりに入っていた。
よく見れば、小学生の子が1人「ええー、僕も異世界でチートしたいー」と文句を言っているのを周りの大人と友達らしき子が宥めている。
……もしかして、俺ってあの子と同じくらい浅はかだったんじゃ……?
「では、現地で改めて契約させてください」
その言葉に視線を戻すと、メガネの男性はにこやかに神様と握手を交わしていた。
神様は相変わらずペコペコと頭を下げて「すみません、ありがとうございます、本当に本当に助かりますっ」と男性の手を両手で握っている。
それを見て、やっぱり俺もこの人を手伝ってあげたいなと思う。
「あの、失礼ですけど、二人は料理ってできるんですか? というかそもそも、その世界に食べ物とか住むところはあるんですか……?」
尋ねたのは、お姉さんだった。
男性が「自炊はほとんどしねぇなぁ」と首を振るので、俺も「カップラーメンくらいしか……」と首を振る。
「食べ物は、その、今はまだ、ありませんが、ようやく草が生え始めましたので、早急に、あの、なんとかなるお力をお二人がお持ちでしたら、なんとかなると思います……」
ヨミトキさんのなんとも頼りない返事に、お姉さんが頭を抱えた。
「なんともならなかった時は、餓死する前に……というか、現地に行った私達が希望すればその時点でこちらに帰ることはできるんですよね?」
私達……って事は、このお姉さんも、俺達と来てくれるつもりなのか……?
「はいっはいっっ、もちろんですっ、いつでも皆さんのご希望のタイミングでこちらに、元の時間の元の場所に、必ず安全確実にお帰しするとお約束しますっ」
ヨミトキさんの必死の安全アピールに、お姉さんは「ぅぅぅぅぅぅうう」としばらく頭を抱えて呻いてから、ガバッと顔を上げると、ヨミトキさんを睨むようにして言った。
「仕方ないので私も行きます。というかこの二人ではどう見ても食べ物に困りそうじゃないですか……? 私は調理の仕事をしていて料理が得意なので、きっと二人の役に立つと思います」
うん?
このお姉さんはヨミトキさんのためじゃなくて、俺と男性のためについてきてくれるんだ?
「それは助かるな、ありがとう」
男性が言うので、俺も倣う。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
そうして、俺と男性とお姉さんはこの木の一本もない荒野にやってきた。
ヨミトキさんは他の人達を全員電車に戻して俺達をこの世界に移動させると、ヘロヘロになってしまった。
プルプルしながら俺達に「大いなる祝福」とやらを与えたヨミトキさんは、真っ青な顔をして「す、すみません、少しだけ……、休ませてください……」と言い残して消えてしまった。
「おい待てよ! 契約書はどうした!」
焦った声で虚空に叫ぶ男性と、ポカンとした顔のお姉さんと俺は、ひとまず自己紹介を始めた。
「オレは大浦 航介、建築設計事務所で建築設計士をやってる。趣味は釣りだ」
「私は桐谷 芽衣です、カフェレストランでキッチンスタッフをしています」
「俺は小笠原 良平といいます。高校2年生で、特に出来ることもないので雑用に使ってください」
「桐谷さんと、小笠原くんか、これからよろしくな。小笠原くんは部活はしてないのか?」
「すみません、帰宅部で……」
「趣味は?」
「スマホゲーをやるくらいですね」
「そうか」
う。特技が何もなくて、なんだかすみません。
「ああいや、そんな顔をしないでくれ。ひとまず各自さっきの祝福とやらでどんな特別な能力が生まれたのか確認してみないとな」
「そうですねぇ、神様はどっか行っちゃいましたし……」
桐谷さんの言葉に、俺も尋ねる。
「能力ってどうやったら分かるんでしょうか」
けれど、その答えを持つ人はここにはいない。
俺達はそれぞれで色々試してみることにした。
ダメ元で「ステータス」とか「ウィンドウオープン」とか唱えてみたりしたけど、異世界転移とはいえゲーム世界じゃないからこういうのはないんだろうか?
せめて移動前に、元いた人間がどんな文化水準でどんな生活をしていたのかだけでも聞いておけばよかったなぁ。
魔法が使える世界なら、能力を知るにも俺達の知ってるやり方とは別の方法があるだろうし……。
俺達が連れてこられたのは、この世界で唯一魚がいるという水場のそばで、ここに生えている草が、今のこの世界で唯一の草地らしい。
ちなみに、海はまだまだ汚染されていて近づくこともできないそうだ。
……一体何に汚染されてるんだろうか。怖いな。
俺は、草地で大浦さんが精神を集中してみたり空中に手を翳してみたりしている姿と、桐谷さんが頭を抱えている姿を確認すると、二人に背を向けて荒野の方へと足を向けた。
異世界転生ともなると、ファンタジー系だとモンスターとかも出てきたりするんだろうけど、この世界では生き物といえばまだあの池の魚がせいぜいらしいのでそういう心配はないな。
……その前に、着の身着のままの俺達がこんな荒野で生活してゆけるのかどうかが心配だけど。
とりあえず俺の鞄には水筒と昼用の弁当が入っているので一食分はなんとかなるけど、桐谷さんの言うとおり、食料問題は早急になんとかしないと……。
あと雨風を防げる場所も早々に欲しいよなぁ。
そんなことを考えながら、いくらか歩いてきたら、足元は小石がゴロゴロ転がる荒涼とした荒野へと変わった。
建材としての木が無いなら、石でも積んでと思ったけど、石も小石ばっかりだ。
これで家を作ろうとしたら大変だろうな……。
そう思いながら、足元に転がる小石を一つ拾い上げた。
すると、頭の中に文字が浮かんだ。
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祝福スキル『マージ』の実行対象です。『マージ』を実行しますか?
開始する場合は「マージ開始」、終了する場合は「マージ終了」と唱えてください
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!?
あ……これが、ヨミトキさんの授けてくれたっていうスキルか。
えーと……。
「マージ開始」
唱えると、俺の手にふわりと光が宿る。
でも、ここからどうしたらいいのかがよく分からない。
それにマージってなんだ?
どっかで聞いたことあるよな……えーと……。
この石を拾ったのがきっかけだったんだよな?
俺は手元の石を見つめる。
なんの変哲もない石ころだ。そこらへんにゴロゴロと同じようなのが落ちてる。
……いや、あまりにも同じような石だらけだな……。
普通石って、ここまで全く同じ見た目になるか……?
試しに石を手放してみる。
それでも俺の手は光ったままだ。
「マージ終了」
唱えてみると、光は収まった。
そこでふと、マージという単語に思い当たった。
マージゲームなら家でも、学校の休み時間でも、通学中の電車でも毎日遊んでいた。
同じアイテムを重ねて1ランク上のアイテムを作って、お客さんの注文に答えたりクエストを消化する、そんなパズルゲームだ。
ここでいうマージがもしそういう意味だとしたら……?
「マージ開始」
俺はもう一度唱えて、光る手で『石ころ』を拾って、同じような『石ころ』の上に置く。
すると2つの『石ころ』は『ひと塊の岩』になった。
俺はもう一度、そこらの同じような『石ころ』を2つ重ねて『ひと塊の岩』を作る。
『ひと塊の岩』同士を重ねると、今度は石切場から切り出されたような『石材』に姿を変えた。
「なるほどな」
つまりこれは、マージ系のパズルゲームみたいなことができるスキルらしい。
……いやこれ、チート過ぎないか……?
錬金術系とは根本から違うよな。
質量保存の法則もまるきり無視だ。
何せ目の前に出来上がった『石材』は、『石ころ』4つ分より随分と大きいし、そもそも見るからに素材が違う。
墓石のようなグレーの石材に「これを重ねたら何になるのかな」と好奇心を刺激されつつも、俺は大浦さんと桐谷さんに報告するべく草地へと走った。




